「はい。……え?そんなにかかるんですか。わかりました、伝えておきます。それでは」



駅のホームでベンチに座って、竜持くんの電話が終わるのを待つ。コーチと杏子さん、起きれたかな。毎晩お酒飲んでサッカーの練習をしていれば疲れもたまるだろう。
通話を終えた竜持くんが、やれやれと言いたげな顔でポケットに携帯をしまう。この様子から見るに、あまりよくない返事だったのかもしれない。



「またこの駅に来るのに、30分程度かかるそうです。桃山についたら解散する予定だったので、先に帰っていてもいいと」
「……みんな怒ってなかった?私、竜持くんだけ連れておりちゃって……」
「怒るわけないでしょう。名前さんが気付かなかったら、寝過ごすのが一駅ではすまなかったかもしれないんですから」
「……そっか」
「そうです。では、これからどうしましょうか」



駅の時計は、午後2時をさしている。帰るのではないかと視線で問うと、竜持くんはくすりと笑った。……これは、何かを企んでいる顔だ。すこし警戒する私を見て、竜持くんはまた笑う。



「デートしてくれませんか?すこし息抜きしたいんです」
「小学生がデート?」
「小学生をなめないでください。ただれた小学生だと、肉体関係まで持っているそうですから」
「え!?」
「それに比べたら、付き合ってもいない男女が健全にそこらへんを歩くだけなんて、可愛いものでしょう」
「り、竜持くんはただれてるの?」
「さあ、どうでしょう?デートしてくれたら教えますけど」
「う……わかった」
「よかった。このあたりに色々あるでしょうから、行ってみましょうか」



竜持くんの口車にのせられた気がする。僕はただれた関係なんてごめんですよ、とさらりと言って歩き出す横に並んで、駅のコインロッカーに邪魔な荷物を押し込んだ。
駅を出て、むわっとアスファルトまで溶けそうな暑さのなか歩き出す。夏らしい白いスカートが熱風に揺れた。



「名前さんの服でも見に行きますか?」
「え?そんなのいいよ」
「水着は無理でも、名前さんに緑色のワンピースくらいはプレゼントしたいですからね」
「緑色なんて売ってるかな」



プレゼント、という言葉にはふれずに笑って流す。竜持くんが本気かはわからないけど、冗談だと思っていたことを本当にしてしまうところが、竜持くんにはある。



「それより先に、のど乾かない?アイスも食べたいし」
「そうですね。電車で寝たらのどが乾きました」



どこかの喫茶店にでも入ろうかと思った矢先、ソフトクリームの屋台が目に入って思わず止まる。限定の豆乳ピーチ味いまなら大盛り……!立ち止まった私を目ざとく見つけて、店員さんがおいしいですよと声をかけてくる。駄目よ名前、過去何度こういうのを買ったか!
それでも歩き出すことは出来ずに必死に欲望と戦う私を見て、竜持くんは叱るでもなく普通にソフトクリーム屋のほうへ歩き出した。



「まったく、ほしいなら素直に買えばいいじゃないですか。僕は普通のバニラにしておきますから、口に合わなかったらこっちを食べてください」
「や、だって、こういうの買うと竜持くん怒るし」
「見境なく買うからです。今はアイスクリームが食べたいんでしょう?それにデートなんですから、ほしいものは遠慮なくほしいと言えばいいんです」
「デートなんですか?じゃあおまけしときます!かっこいい彼氏さんですね!」
「え、あ、えっと……!」
「僕の彼女、可愛いでしょう?おまけしてくれてありがとうございます」



お金を払ってソフトクリームを受け取った竜持くんは、恋人に見られたことを訂正することもなく歩き出した。ピーチ味のソフトクリームを頬張りながら、照れる様子もない竜持くんをちらりと見る。
竜持くんはたまに何を考えているかわからない。そんなことを言ったらいつもわからないんだけど、こんな私がそばにいていいのかとたまに不安になる。



「おいしいですか?」
「うん。食べる?」
「はい。そのまま持っていてくださいね」



竜持くんがソフトクリームを持っている私の手をにぎり、顔を近づけてくる。ほどよく開けられた形のいい唇がソフトクリームをかじり、離れて、咀嚼して飲み込んだ。



「まあまあですね。どうしたんですか、固まって」
「な、なんでもない!」
「ああ、そういえば名前さんは、年齢のわりに恋愛経験がないんでしたね」
「恋愛経験くらいありますー!」
「僕もありますよ。初恋は保育園の先生です」
「私は小学校のとき、同じクラスの男の子だったな」
「次はシングルマザーの綺麗な人でしたが、二人とも結婚してしまいました」
「竜持くんって年上好き?」
「そうかもしれません」



笑う竜持くんは、口ではまあまあだと言いながらもソフトクリームが気に入ったらしい。食べ盛りの男の子の胃袋にあっさりと入ってしまったソフトクリームが、なんだか羨ましく思えて反対方向を向く。

そのとたん目に飛び込んできたのは、鮮やかな緑色だった。ちょうど食べ終わりそうだったソフトクリームを口に押し込み、小物を扱っている店に入る。棚に置かれているのは、緑色の綺麗なブレスレット。紐で編まれたそれは、翼の形をした白い貝殻のような飾りがひとつだけついていた。



「いいですね、それ」
「綺麗だね……二つあるし、一緒に買わない?緑色に翼がついてるなんて、願掛けしたら本当にスペインまで飛んでいけそうだよ」
「いい案です。でも、スペインへ行くのは僕たちの実力ですよ」



ほかのものを見ているあいだに竜持くんがさっさと会計してしまったブレスレットは、太陽の下でも綺麗に輝いていた。さっそく右腕につけてみると、驚くほどしっくりときた。こういうのを一目惚れというんだろう。



「ありがとう竜持くん!お金払うよ」
「デートでは男がお金を払うのものですよ。特にいまは、名前さんを僕の息抜きに付き合わせてるんですから」
「でも、……あれ?竜持くんはつけないの?」
「僕は足につけますよ。ボールを蹴るとき、うまくいきそうですから」
「じゃあ、竜持くんのほうにはたくさん願掛けしておかないと。竜持くんがいつもの実力を発揮できますようにって」
「僕は、名前さんの成績が上がるようにお願いしておきます」
「……そんなことしなくても大丈夫だもん」
「ええ、知っています。そうだ名前さん、手をつないでくれませんか?可愛らしいお願いでしょう」
「自分でそんなこと言うの、竜持くんらしいね」



くすくすと笑いながらブレスレットをはめた腕をさしだして、私より大きな手を握る。太陽がまぶしくて目を開けていられなくて、なんだか泣きそうだ。つないだ手に力をこめると握り返してくれる存在を、ただ愛しいと思った。


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -