目覚ましの音がして目を開けて、見えるのはこちらを向いて寝ている竜持くん。この光景にももう慣れてしまって、いつもより寝起きのいい朝にあくびをして目をこすって乾いた口を開けた。



「おはよう、竜持くん」
「おはようございます。狸寝入りがバレてしまいましたか」
「なんとなくね。だって竜持くん、いつも私より起きるのが早いんだもん」
「努力していますから」
「寝坊しても起こしてあげるから大丈夫だよ?」
「そうじゃありません。名前さんはもうすこし男のことを学んだほうがいいです」
「恋人なんてすぐに出来ないよ」
「出来なくていいんです。僕がぜんぶ教えてあげますから」
「竜持くんのことなら知ってるよ。和食が好きでオウンゴールさせるのが得意、サッカーも好きだけど数学も好き。三つ子のなかで一番真面目で、それに関しての悩みもちらほら」
「名前さんのことも知ってますよ。得意料理はほうれん草のおひたしで、勉強はそこそこ出来るけど嫌いなので成績は中の上、ケーキが大好きだけど太るからといってあまり食べない、僕の勝利の女神様です」



お互いどっちがよく相手を知っているかの言い争いのようで、なんだかおかしい。竜持くんの手が伸びてきて、寝起きでぼさぼさな頭をなでてくれる。キーボードの上を素早く行き来して、サッカーをするときは指示を出している手が、いまは私が独り占めだ。
寝ぼけて働かない頭のまま、なんとなく竜持くんの胸に顔をうずめてみる。とくんとくんと鳴る心臓は、昨夜と比べてだいぶゆっくりだった。



・・・



「お世話になりました。本当にありがとうございました」
「機会があれば、また是非いらしてくださいね」



お昼すぎ、昼食までいただいてから西園寺家の別荘を出る。全員できっちり頭をさげ、手を振る玲華ちゃんとご両親に見送られて帰路についた。来たときと同じように電車に揺られながら、外の景色を見たりおしゃべりをして時間はすぎていく。
二泊三日、終わってみればあっという間の合宿だった。勉強は全然出来なかったけど、心は晴れやかだ。勉強より、みんなですごす最後の夏を味わい尽くすほうがよっぽど大事だもの。



「そういえばこの間タッチの映画見たんだけど、三人は野球に興味ある?」
「サッカーがいい」
「虎太はそうだろうね」
「俺も野球は駄目だな。だってあれ個人競技の部分少ねえじゃん」
「凰壮クンはそういうところがありますからね。僕もサッカーのほうが好きですよ」



確かに、三人で坊主頭にしてバットを振り回してるのは想像できない。守備をしている時はかったるいだのなんだの文句を言いそうだし、攻撃でも順番が回ってこないと三人で皮肉を言い合ったりしていそうだ。そんな三つ子も見てみたいけど、体育の授業あたりでしか見られないだろう。



「たっちゃんかぁ……あっ、多義くんなら南ちゃんの名台詞を言えるね!」
「何を言ってるんですか。名前さんのすぐそばに、スペインへ連れて行ってくれる人が三人もいるでしょう」
「え?じゃあ……竜ちゃん、名前をスペインへ連れてって!」



おふざけで言ったセリフは、野球でいうホームランだったらしい。自分からけしかけたくせに固まってしまった竜持くんは、数秒の空白のあとぎこちなく窓の外へ視線をずらした。もしかして照れているのかもしれない。つんつんと頬をつついてみると、すこしふくれっ面をした竜持くんが振り返ってくれた。



「名前さんは、もう男について学ばなくてもいいです。僕を勉強してください」
「え?うん、いいけど……じゃあ竜持くんは私を勉強しないとだね」
「データをまとめるのは得意ですから、任せてください」
「えっ、それは駄目!竜持くんは寝言とか間食の回数まで記録してそうなんだもの」
「駄目ですか?」
「それを元に、先月より成績が落ちた理由とか体重が増えた原因とかを突きつけてきそうだからやだ」
「……名前さんは僕をなんだと思ってるんですか」
「さあ?」
「そんな甘いことはしません。きちんといいところも悪いところも箇条書きにしてグラフにまとめて提示しますよ」
「や、やめて!」
「嘘です」
「嘘……?もう、竜持くんったら!人をからかっちゃいけません!」
「すみません、引っかかると思っていなかったものですから」



先ほどのお返しとばかりに意地悪をしてくる竜持くんを軽く叩くが、痛くないというように笑って余裕を見せつけてくる。虎太と凰壮に助けを求めるものの、虎太は赤くなってそっぽを向き、凰壮はため息をついて呆れていた。何でそんな反応なの。

そんな楽しい帰り道もつかの間で、慣れない合宿で疲れていたらしい桃山プレデターの面々は、全員うとうとと寝始めてしまった。先程まで賑やかだった電車のなかが、ぐっすりと眠れるゆりかごに早変わり。隣に座る竜持くんにもたれかかって、ふわふわと夢と現のあいだをさまよう。こつん、と当てられた手をいつものように握り返して、深い夢のなかへ落ちていった。



「……おい竜持」
「なんですか凰壮クン」
「名前姉、泣かせんなよ」
「もちろんです」
「姉ちゃんの一番は昔から竜持だったからな。この前、竜持と姉ちゃんが結婚したら本当に俺たちの姉ちゃんになるって聞いたけど、本当か」
「虎太クン……誰から聞いたんですかそんなこと。まあ、そうなるように努力しましょう」



ごとんごとん、揺られる隣にはあたたかい温もり。ぎゅうっと手をにぎって、出来れば寝ているときのように抱きしめてほしい。心臓が爆発するんじゃないかと思うほどうるさくなるけど、不思議と安心するから。



・・・



ふっと自然に目が覚めた。慣れない振動に目を開けて電車のなかだということを確認する。みんな寝てる……そっか、合宿の帰りだったっけ。いまどこだろう。降りる駅は……。



「みんな起きて!乗り換える駅についてる!」



素早く立って握っている手を引っ張って、荷物を持って開いているドアへと走る。ホームへおりた私たちの後ろでドアが閉まる音がして、間に合ったと胸をなでおろした。
振り向くとガラスの向こうには、まだばたばたしている子供たちと眠りこけている杏子さんとコーチ。発車するというアナウンスと共に動き出す電車を、竜持くんと手をつないだままぽかんと見送った。



「……え?」


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