「名前ちゃん!今日はマサルちゃんの部屋で飲むから安心してね」
「はい……っていうか今日も飲むんですか」
「おいしいからつい!名前ちゃんもどう?」
「いえ、遠慮しておきます」
「そう?じゃあ飲みたくなったらいつでも来てね!」



手を振る杏子さんは、ご機嫌でコーチの部屋へと姿を消した。杏子さんはいいな、コーチとちゃんと恋人同士でラブラブだから。私なんてあれから竜持くんと話しづらくて、逃げるように部屋に帰ってきちゃったし。

シャワーを浴びても憂鬱な気分は晴れず、キャミソールと短パンという涼しさを求めた格好でベッドに寝転んだ。乾かしたばかりの髪が、すこし湿り気を持ったまま顔にまとわりつく。いいにおいがするのは、おそるべし西園寺家の高そうなシャンプーのおかげだろう。そのままベッドで寝返りを二度三度して、最終的にうつ伏せで止まる。



「──よし!杏子さんのところへ行こう!」



目的はお酒一杯ぶん。廊下に出てコーチの部屋をノックすると、早くもお酒臭いコーチが出てくれた。夜にすみませんと謝ってから、ずばり本題を切り出す。



「すみません、お酒ください」
「酒って……お前、まだ未成年だろ?」
「まさか、違います。飲みやすいの一杯でいいんでください」
「名前ちゃんいらっしゃーい!飲みやすいのだったらこれがいいわよー!」
「わ、杏子さんすでに酔ってますね」



杏子さんに差し出されたお酒は、甘いいいにおいがした。コーチが止めようとするのも聞かず一気に飲むと、花火のときと同じようにふわふわくらくらしてくる。ああ、気持ちいい。これならいけそうだ。



「おじゃましてすみませんでした。これで失礼します」
「もう行っちゃうの?夜はこれからなのにー!」
「ふたりの邪魔は出来ませんよ。二日酔いには気をつけてくださいね」



口調はあくまでしっかり、ドアを閉めるときも丁寧に、その足取りはふらふら。しかし心は不思議なほどに燃えている。竜持くんが悪いのよ、小学生なのに私をからかって遊んでるんだわ。

──嘘、違う。竜持くんがいくら大人びていても意地が悪くても、そんなことはしない。わかっているからどうしていいかわからない。竜持くんの部屋の前で立ち止まって深呼吸を一度、それから小さくノックをした。



「はい。──名前さん」
「聞きたいことがあるの。入ってもいい?」
「ええ……どうぞ」



竜持くんの部屋のなかには誰もいなくて、ドアが閉まったとたん静けさが部屋を支配した。竜持くんが無言で本題を促してくるのを、ベッドに入ることで無視をする。驚いている竜持くんを手招きして同じようにベッドに入らせ、ふたりで寝たまま向き合って目をまっすぐ見た。



「竜持くんに、聞きたいことがあるの」
「はい、なんでしょう」
「──私とこうやって寝るの、嫌?」



ようやく絞りだした問いに、竜持くんは珍しくぽかんとした顔を私に見せた。目をわずかに開くその姿は、サッカーで敵が予想外な行動を見せた反応そのもの。答えを急かさずじっと待っていると、竜持くんは唐突にくすくすと笑い出した。



「こっちは真剣なのに」
「す、すみません。まさかそれを聞かれるなんて、思ってなくて」
「笑いすぎ。じゃあ何を聞かれると思ってたの?」
「秘密です」



わざとらしく首をかしげてみせる仕草も、竜持くんがやると様になってしまうから世界は本当に不平等だ。じっとりと非難をこめた視線で見上げると、竜持くんはようやく笑うのをやめて今度はやわらかく笑んだ。



「嫌だったら、わざわざ自分から一緒に寝ようだなんて言い出しませんよ」
「そう、かもしれないけど」
「僕がそんな偽善者に見えますか?」
「見えない」
「でしょう」



ということは、竜持くんは私と一緒にいるのが嫌じゃないんだ。嬉しくなって竜持くんに抱きついて、胸に顔をすりよせる。尻尾があったらちぎれそうなほど振っているであろう行動に、竜持くんはすこし固まってから頭をなでてきた。
なんだか楽しくて嬉しくて舞い上がってしまいそうな空間のなか、自分を奮い立たせるために流し込んだ薬が徐々に効き目を失ってくる。……これを世間では、酔いがさめたというらしい。
だんだんと恥ずかしくなってそろそろと距離を取ろうとした私を、竜持くんががっちりと抱きしめてきた。形ばかりの抵抗をしてみても敵うはずもなく、私の気持ちも竜持くんなら見抜いてしまっているんだろう。



「酔いがさめましたか?」
「……はい」
「では、どうしましょう」
「──このまま、寝る」
「よく出来ました」
「竜持くんは寝れるの?」
「さあ、どうでしょう」



私を子供扱いするようなあやすような、余裕のある声。暗闇でよく見えないけど、竜持くんの心臓なら感じ取れる。私と同じくらいはやい。竜持くんは隠すのが上手だから、今もうまく隠しているんだろう。
竜持くんの胸から離れて体を上へ持っていき、竜持くんと同じ視線になる。兄や弟と違ってきれいに隠れているおでこを、前髪を上にあげてさらけ出した。可愛らしいおでこに唇をよせて、ちゅっと魔法のおまじない。



「名前さん、何を──!」
「小さい頃たまにしたでしょ?眠れるおまじない」
「──眠れるわけないじゃないですか」
「おかしいな、こうするとよく寝てたんだけど。虎太とか」



虎太の名前をだしたとたん竜持くんの雰囲気が変わり、私を抱きしめていた腕がほどかれる。お返しとばかりの前髪があげられ、おでこにふれるのは竜持くんの唇。真っ赤になって後ずさりしようとするものの、ベッドのなかではうまく動けない。竜持くんが落ちそうになる私を抱き寄せて元の位置へと戻し、前髪を元通りにしてくれる。それから何も言わず、ぎゅうっと抱きしめてきた。
こんなふうに抱きしめられるのは初めてでどうしていいかわからなくて、心臓がフル回転したまま背中に手を回す。すがるように抱きしめた私をまた強く抱きしめてくるのは、竜持くんなのに竜持くんじゃないみたいだった。


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