太陽を反射してぎらぎらと輝く青い海、私たちをバーベキューにしようとしてくる太陽、白い砂浜。まさしく理想の海そのもので、今さっきまで水着が恥ずかしいと思っていた心がうきうきと弾み始める。小走りな杏子さんの後ろについて一緒にコーチの元へと行き、お辞儀をした。
「コーチ、杏子さんに水着を借りました。あの、すみません」
「何で謝るんだ?謝らなきゃいけないのはこっちだろう。昨日は、その……」
「駄目よマサルちゃん!名前ちゃんはいい子だから、謝ると逆に悪いの」
「そんな、いい子なんかじゃ、」
「マサルちゃんのぶんも謝っておいたし。埋め合わせがこの水着ってわけ」
「そうか。それは……ええと」
「もう、マサルちゃんったら!そうだ、この水着どう?」
「どうって……白いな」
「マサルちゃんの馬鹿!」
怒る杏子さんを必死にコーチがなだめるのを見ながら、そっとその場を離れる。きっともうすぐ杏子さんが渋々というように許して、コーチは胸をなでおろすんだろう。年上なのに可愛いカップルに笑いながら背を向けると、後ろから杏子さんの声が追いかけてきた。
「名前ちゃんってば、それじゃ水着の意味ないじゃない!はい、没収ー」
「杏子さん!」
「駄目よ、せっかくのチャンスなんだから。頑張ってね!」
なんのチャンスだと聞く暇もない。パーカーをはぎとられてよろめく私を、誰かが支えてくれた。砂でもつれた足でなんとか立って顔を上げる。そこには竜持くんが水着で立っていた。
「竜持くん!」
「名前さん、その水着は杏子さんから借りたんですか?」
「う、うん……杏子さんのだから似合わないかもしれないけど」
「いえ、よく似合っていますよ。赤というのが素敵じゃないですか」
嫌みったらしい声色と顔が私を歓迎する。どうしたんだろう。竜持くんが皮肉を言う理由が思いつかない。私が水着を着たから?水着が赤かったから?パーカーを脱いだから?それとも、海に来てしまったから?
わからないまま竜持くんを見上げると、ふいっと顔を背けた。──これは、拗ねている顔だ。
「赤いのが駄目なの?」
「駄目じゃありません」
「だってこれ、竜持くんの瞳の色でしょう?そりゃ竜持くんの目のほうが綺麗だし私に赤は似合わないかもしれないけど、でも、竜持くんの目を思い出して、」
「──名前さん」
驚いたように見てくる竜持くんに、自分が何を言ったか思い出して赤くなる。いまも竜持くんに支えてもらっているというか体が近いし、何をやっているんだろう私は。しかも、三つ子のなかで赤といえば凰壮の色じゃないか。
「ちっ違うの、凰壮を忘れたわけじゃないの!ただ、一番にそれが浮かんだだけで、忘れたわけじゃないの。本当よ」
「──疑ってませんよ。名前さん、海に入りませんか?」
「いいけど、虎太と凰壮はいいの?」
「いいんです」
二人で軽く準備運動をして、そっと海に入る。準備を怠ってはいけないと厳しく準備運動をさせてくる竜持くんは、すこしお母さんみたいだった。
冷たい海に足をいれると、波が押し寄せてきて砂をくすぐった。貝殻などに気をつけてくださいね、という声に頷いてもう一歩踏み出す。海の香りが全身を包み込んでなんだか楽しくなって、二歩三歩と海を散歩する。
「海、綺麗だねえ。ほかに人もいないし」
「西園寺家おそるべし、ですね」
「それ気に入ったの?」
「笑わないでくださいよ」
「だって竜持くんが可愛いから」
「可愛くありません」
「可愛いよ。私にとっては三つ子もみんなも、杏子さんもコーチも可愛いところがたくさんあるもの」
ふくれっ面の竜持くんをおいて、沖へ向かって歩く。腰まで浸かって、思いきり泳いでみたい。ああでも泳ぐのは下手だから、竜持くんに呆れられてしまうかもしれない。それも楽しそうだけど。
笑いながら竜持くんに手を差し出すと、私より長い腕が伸びてきてあっという間に捕まえられてしまった。手をつないだまま歩いて、潮の満ち引きをぎらぎらした暑さのなか堪能する。
「名前さん、大きな波がきますよ」
「え?わっ!」
「掴まってください」
沖から来る波を受け止めきれず、よろめいて竜持くんに支えてもらう。肩まである、なかなか高くて荒い波だった。知らぬ間に止めていた息を吸い、目の前にある竜持くんの顔を見上げる。
……ん?なんだか首元が、おかしい。首の後ろでとめていたリボンがゆっくりとほどけ、胸から落ちていくのがスローモーションに見えた。
「竜持くん!」
「はい」
「見た!?」
「見てませんよ」
「本当に!?」
「はい」
「じゃあ何でそんなへっぴり腰なの!」
「……名前さんは、すこし男のことを学んだほうがいいです」
呆れたように言う竜持くんに抱きついているのは、不可抗力である。私から見てぎりぎりのところで竜持くんに抱きついたから、たぶん本当に竜持くんは見ていないんだと思う。
竜持くんと私の皮膚のあいだで、水着が頼りなさそうに波に翻弄されている。首のリボンが外れた水着は、ぎりぎりのところで「胸を隠す」という役割を果たしていた。
「普通、首のリボンは飾りでしょうに」
「なんでそんなこと知ってるの」
「常識的に考えただけです」
「そうだけど、杏子さんはこっちのほうがマサルちゃんがドキドキするでしょ、って」
「まったくあの人は……後ろを向いてください。ほどけないように結んであげます」
水着を胸で押さえて、ゆっくりと後ろを向く。髪が邪魔にならないように片手でうなじを出すと、そこを竜持くんのすこし固い指が這った。ただの紐が、竜持くんの手によってリボンへと形を変えていく。心臓が壊れそうで、顔を隠すように下を向いた。こんな顔見られたくない。
「名前さん」
「はっはい」
「水着、よく似合ってますよ。本当に」
「あ、ありがとう」
「今年また行けるかはわかりませんが、今度海に行くときは新しい水着を買って行きましょう。緑色の」
「竜持くんの色ね」
「そうです」
「すっごくいい案」
本当に。振り返って竜持くんに笑いかけたけど、思いがけない表情が目に入って驚く。ようやく引いた赤みが戻ってきて、ふたりして赤面した。