いまは三つ子の悪魔だなんて呼ばれている降矢さん家の三兄弟と私の出会いは、年数だけ見ればそれなりの歴史を持っていると思う。お母さんと降矢のおばさんが仲が良くて、当然のように子供同士で遊ぶように言い渡された。ようやく歩けるようになった頃の三つ子は、まだ悪魔だなんて呼ばれていなくて可愛かった。幼い私は同じ顔が三つもあることが不思議で仕方がなくて、歩いてはいろいろ叩いたりさわったり口に入れようとする三つ子を笑ったり止めたりしていた。
しかしそんな時期は少ししかなく、しばらくして三つ子は一気に大人びてしまった。もちろんその年齢の割に、だけど。保育園に入っていろいろ言われたり察したりしたのだろう。結果、3人はますます自分たちで固まるようになった。もともと降矢のおじさんの仕事仲間とか、おばさんの教え子だとかが来て身勝手な期待を押し付けていたのだ。この成長は当然のように思えた。
将来は数学者になるだの、柔道でオリンピック代表になるのだの、わずかな本気とたっぷりの能天気を3人の上にふりかけて、言った本人はすぐ忘れてしまう呪い。私は小学生になって世界が一気に広がっていたけど、三つ子に愛着があったのと、家同士の付き合いでよく一緒にいた。お互い忙しい親を持ち、作ってあるご飯をレンジに入れるだけ、お風呂をためるだけ、という世話をしていた。3人はすぐに自分でしたいようにしていたけど、それでもまだ懐かれていた、と、思う。
「姉ちゃん、これ。やる」
「ありがとう!わ、これサッカーボール?」
「姉ちゃん下手だけど、教えるから一緒にしよう」
「うん!」
虎太は8歳のとき、私の誕生日にサッカーボールをくれた。言葉通りサッカーを教えてくれたけど、私のあまりの下手さと情熱のなさに教えるのをやめた。
その代わり、自分のプレーを見せるようになった。何かひとつ技を習得しては、表情にはあまり出さず嬉々として報告をしにくる。そのたびに拍手して褒めちぎって頭をなでて、お祝いにとケーキを買った。すぐに飲み込む虎太のおかげで、私の財布はいつもピンチだった。
「名前姉、体調悪いんだろ。無理すんな、迷惑だ」
「ごめん……いけるかと思ったんだけど」
「いけてねえな」
「はは……そうだね」
凰壮は憎まれ口を叩きながらも、私の体調が悪いときや、ささいな感情の浮き沈みにもすぐ気がついた。風邪気味のときは一目で気付き、熱もでていないし咳もでていないのにベッドに放り込まれた。降矢家の客室は私の部屋のようになっていて、申し訳ないからと家に帰ろうとしても、凰壮は許してくれなかった。お返しをしようにも凰壮は体が丈夫で、私が世話をすることなんて滅多にない。
代わりに、凰壮が機嫌が悪いときにそばにいるようにした。機嫌がいいときはそばにいる人がいても、機嫌が悪いときの凰壮に近寄る人は誰もいなかった。八つ当たりをさせ、黙ってそばにいて、たまになでたりお茶を淹れたり。凰壮は最終的にいつも苦笑して、変人と言って終わるのだった。
「名前さん、今度試合をするんです。来てくださいね」
私が三つ子のなかで一番心配していたのは竜持くんだった。虎太のように一途に突き進めもせず、凰壮のように自分の思う通りにもできない、一番気弱な子。父親の影に憧れて怯えて、自分を守るためにひねくれて皮肉な殻をかぶる。私も兄弟をくん付けする竜持くんを真似して「竜持」ではなく「竜持くん」と呼んでみた日のことは、まだ網膜に鮮やかに焼きついている。
今のように開き直るまでの、暗闇のなかでもがき苦しんでいる間。もしかしたら、三つ子であることを一番心苦しく思っていたのは竜持くんかもしれない。くん付けで呼んだときに見せた、無邪気で皮肉のかけらもない笑顔。歳相応な、可愛らしい笑顔だった。
──何故いまさら、そんな懐かしい記憶のなかを泳いだのだろう。原因はわかっている、引っ越した三つ子のあとを追うように、私も引っ越したからだ。とはいっても、あれからもう二年もたっているけど。お母さんと降矢のおばさんは腐れ縁のようなもので、過去に二回ほど同じことがあったらしい。どちらかが引っ越すと、数年以内にどちらかが同じところへ引っ越す。こうして私は二年ぶりに、三つ子と同じ空気を吸い込むことになった。