じりりり、と聞きなれない目覚ましの音がする。必死に手探りで音の出処を探して、目覚ましを止めようとする前に腕が伸びてきて音が消えた。……いま、何時だろう。目の前のあたたかいものに抱きついて、頬をすり寄せる。あたたかい……これは……これは、何だ?



「名前さん、朝ですよ」
「──竜持くん?」
「おはようございます」
「お、はよう」



20センチほどの距離の向こう側で、寝癖がついたまま微笑んでいるのは竜持くんだ。止まっていた頭がようやく動き始めて、芋づる式に昨日の記憶が蘇る。慌てて離れて、乱れていた浴衣の前をあわせる。み、見てないよね?見てもいいことはないけど、いいことがないからこそ見ないでほしい。



「大丈夫です、僕もいま起きたところですから」
「そ、そっか。もう朝なんだね」
「本当に。浴衣をなおす間、外に出ていましょうか?」
「ううん、大丈夫」



部屋はすぐそこだし、もう適当になおしてしまおう。着崩れているのはもうどうしようもない。誰にも見られないだろうと、ベッドから起き上がってこっそりドアを開ける。誰もいないどころか物音ひとつもしないことを確認して、いつの間にか一緒に廊下を覗いていた竜持くんとアイコンタクト。今だね。今です。



「じゃあ、その……昨日は、ありがとう」
「もしまた部屋に居づらいことがあれば、僕に言ってください。間違っても多義クンや翔クンに言ってはいけませんよ」
「うん。一番に、竜持くんを頼ることにするよ」



本心と笑顔を残して、少し開けたドアからするりと出る。これ以上いたら、なんだか部屋から出たくなくなってしまう。
帯やかんざしを抱えて誰もいない廊下を歩き、そうっと自分の部屋を開ける。そこにはベッドの大半を占領して安眠している杏子さんと、隅に追いやられて寝苦しそうなコーチがいた。そっとドアを閉じる。



「竜持くん……!竜持くん、助けて……!」
「名前さん?どうしたんですか、部屋に戻ったんじゃ、」
「いいから!」



竜持くんの部屋にとんぼ返り。控えめなノックと小声で竜持くんを部屋に押し込んで、ついでに自分も入る。浴衣が着崩れるのも無視して走ってきたせいで見苦しいことになっているのも気にせず、竜持くんの胸に額をよせる。昨日打ち付けたところが、わずかに痛んだ。



「どうしたんです?」
「へ、部屋で、杏子さんとコーチが寝てた」
「……全裸で?」
「ジャージで!ど、どうしよう、荷物はコーチの足の下だしこの格好を見られるのも、」



がたん。となりから大きな音がして、思わずびくつく。凰壮クンですね、と慣れたような声に、昨日凰壮と寝なくてよかったとどこか冷静に思った。ともかく、この格好のままコーチと杏子さんが部屋から出るまでやりすごして、そのあと部屋に戻るしかない。
とはいっても部屋から出るまでずっと見張っていることも出来ないし、その前に誰かこの部屋に入ってくるかもしれない。焦る私とは対照的に、やけに冷静な竜持くんはバッグの中から服を取り出した。



「念のため余分に持ってきたジャージです。これを着てください」
「……いいの?」
「ええ。もし何か聞かれたら、ドジで自分の服を全部濡らしてしまったとでも答えればいいでしょう。疑う人は誰もいませんよ」



そりゃ、部屋でコーチと杏子さんがいちゃついて入れないから竜持くんに服を借りたなんて、いくら想像力が豊かな人でも想像することは出来ないだろう。竜持くんはTシャツとジャージを渡すと、着替え終わるまで出ていますと部屋を出て行ってしまった。
なんとか浴衣を脱ぎ、Tシャツと膝までのジャージをはく。竜持くんだと肘まであるTシャツは私が着ると七分袖になり、ジャージもすこし足が出ている程度になってしまった。ドアを開けて竜持くんに終わったことを告げて、出来るだけ丁寧に浴衣をたたむ。



「もう6時20分です。そろそろ下へ行きましょうか」
「そうだね」



たたんだ浴衣を抱えて、二人で廊下に誰もいないことを確認して部屋を出る。なんだか、いけないことをしている気分だ。顔を見合わせてくすくす笑いながら階段をおりる。なんだか、不思議なほどに心地いい。
一階へ下りてお手伝いさんに浴衣を返して、ぐちゃぐちゃになってしまったことを詫びる。どうせクリーニングに出す予定だったから構いませんよ、という笑顔は、ほっこりと優しかった。
ついでに洗面所をお借りして顔を洗って戻ると、ほぼ全員が揃っていた。時刻は6時40分、部屋に入った私を目ざとく見つけて、凰壮と虎太が近寄ってきた。



「名前姉、はよ。それ竜持のだろ?どうしたんだよ」
「姉ちゃんおはよう」
「凰壮、虎太、おはよう。今朝顔を洗うとき、服に水ぶちまけちゃって。誰かに服を借りようと思って廊下に出たら竜持くんに会って、貸してもらったの」
「ほんと、名前さんってドジですよねえ」



嫌味ったらしい声が聞こえてきて振り向くと、後ろで竜持くんが笑いながら立っていた。おはようございます、朝から災難ですね、と笑いかけてくる竜持くんに笑い返す。小学生なのに、私よりごまかすのが上手だなんてどうなの。
本当にね、という返答に、竜持くんが思わずというように笑う。秘密は、ふたりの間を親密にさせるようだった。


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