眩しい室内は静かで、歩く衣擦れの音がやけに響いた。時刻は夜の10時。翌日も朝から練習することや小学生の睡眠時間を考えると、もう寝る時間だろう。ずっと立っているのも不自然で、ベッドに腰掛ける。浴衣のせいでいつもよりおしとやかな動きになるのを、竜持くんはじっと眺めていた。



「そのままで寝るんですか?」
「え?あ……もう、戻れないし、今日はこのまま寝て明日着替えるよ」



もう戻れないという言葉が、部屋に響いてぽとりと落ちた。戻れない。どこへ。決まっている、コーチと杏子さんがラブラブしているかもしれない部屋へだ。
知らぬ間に潤んでいた瞳を隠し、もじもじと髪をさわった。屋敷全体でクーラーが稼働しているせいか、目が乾燥する。



「帯は外します?さすがに眠れないでしょう」
「あ、でも……すこし、不格好になっちゃうけど」
「構いませんよ。僕しか見ないんですから」



帯を外すだけで、どうしてこんなに緊張するんだろう。震える手を悟られるのが怖くて、先にかんざしを抜き取った。結ったあとがついてしまった髪を手ぐしでほどき、なんとか見られる髪型にする。結い方のせいでパーマのようになった髪がうなじを隠した。
次に帯に手をかけ、出来るだけ丁寧に帯留めを外す。値段はわからないけど、きっと高いものだろう。続いて帯に取りかかるが、着付けがしっかりしているせいかなかなかほどけない。傷めないようにとろとろと帯を格闘する私を見かねて、竜持くんが私を立ち上がらせた。



「僕がします。このままじゃ朝になっちゃいますし」
「できるの?」
「名前さんよりは上手でしょうね」
「もしかして、こうやって浴衣の女の子を脱がしたことあったりする?」
「下賤な勘ぐりはやめてください。あるわけないじゃないですか」
「ふーん、そうなんだ」
「こんなことをしてあげるのは、名前さんくらいですよ」



帯が子供らしいやわらかさを持った指によって構造を把握され、男らしい骨格と力によってほどかれていく。どうしよう、なんでこんなにうるさいの。早く静かになってくれないと、竜持くんに気付かれてしまう。早く、早く。
ぎゅうっと目をつぶってみるが逆効果で、暗闇のなかで余計に竜持くんの存在を感じてしまった。息遣い、帯が床に落ちていく音、香り、腰に回る手。



「帯をまわして、悪代官ごっこでもします?」
「竜持くんもそんなの見るんだね」
「知識として知っているだけです」
「あーれー、お代官様ー、おやめになってー」
「ひどい棒読みですね、尊敬します」



景色が回るわけでもなく帯は床に落ちて、華やかさに欠ける姿が竜持くんの前にさらされる。ホテルのようにふかふかの羽毛の枕をふたつ並べて、竜持くんがこちらを向いた。瞳のなかにあるのはいつもの優しさじゃない、見慣れない情欲の炎。そんなはずはないと首をふって、ベッドのなかに潜り込んだ。薄いタオルケットがさらさらと肌をなでる。
電気が消されて、足音が近付いてきた。ベッドに体重がかけられ、足がシーツの上をすべり、上半身が横になる。それらを五感すべてで感じ取った。



「また落ちないでくださいね?」
「一回も落ちてません」
「前回落ちそうになってたじゃないですか。ほら、いまも」



ベッドの端ぎりぎりまで寄せた体が引き寄せられる。ベッドは広いといえど二人が寝るには狭くて、数センチ寄っただけで体の全面がほぼ触れあってしまう。どくんどくんと存在を主張してくる心臓の鼓動は、そのまま皮膚の上へと伝わる。
どうか、どうか気づかれませんように。竜持くんも私も、どうか、気付きませんように。



「明日の練習は7時からです。めざまし、5時50分にかけておきますね」
「早いね」
「6時以降におきる人が多いでしょうから」



その言葉の意味が肌を通して伝わって、かあっと頬が赤くなる。この部屋から出るのを、誰にも見られないようにだ。一度廊下にでてしまえば、あとは何とでも言い訳できる。朝早くに廊下にいたとしても、浴衣の帯をつけていなかったとしても。
──怖い。このままずるずると、底の見えない甘美な地獄に引きずり落とされそうだ。ぎゅうっと竜持くんの服の裾を握ると、優しく背中をなでてくれた。暑くありませんか、という言葉に首をふる。暑くはない、ただ、熱いだけ。



「──竜持くんは、大丈夫なの?」
「まさか。これでも僕、すごく緊張してるんです」
「私も」
「明日は寝不足決定ですね」
「睡眠不足だと、練習の質が落ちるんじゃないの?」
「そうですが、試合がいつでも万全の体調で出られるとは限りません。大事なのは、どうやってその状態にもっていくかということです」
「つまり?」
「寝不足でもやる気はあるということですよ」



軽く握っていた手に、同じくゆるく握りこぶしが作られた竜持くんの手がふれる。こつん、と、竜持くんの控えめな甘え方。熱い手で竜持くんの手をつつむと、ふたりの鼓動が溶けてひとつになってゆっくりと動き始めた。
握った手を間にお互い顔を見合わせて、そっと目を閉じる。どうか、銀河を旅するいい夢を。


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