「うわあ……!玲華ちゃんありがとう!私まで浴衣を着せてもらえるなんて!」
肝試しがうまくいった夜、三人で浴衣を着てはしゃぎあう。いつの間にかいなくなってしまっていた杏子さんが浴衣じゃないのが残念だけど、お先に楽しませてもらおう。紺色の浴衣に散りばめられた白と緑の花柄模様に、帯は黄色。結い上げた髪のよこで赤いかんざしが揺れて、よくもまあここまで見事に三つ子のカラーを取り入れたものだと感心した。
玲華ちゃんとエリカちゃんと別れて廊下を歩く。はきなれない下駄がじゅうたんに沈み込んで、歩く音が吸い込まれていく。虎太はどこにいるのだろう。あの子は怖がりだから、寝るときに肝試しのことを思い出して怖がるかもしれない。シャワーを浴びた体が火照り、適温に保たれている室内を歩くだけでも熱くなる。
もしかしたらボールを蹴っているかもしれないと外に目をやると、ちょうどいちゃついているコーチと杏子さんを目撃してしまった。そ、そっか、杏子さんはここにいたんだ!そうっと迅速にその場を離れようとしたが失敗して、壁におもいきりおでこをぶつけてしまった。痛い。
「あれ、名前ちゃん?」
「きょっ、杏子さん!ごめんなさい、邪魔するつもりは……!」
「いいのよ、おでこ大丈夫?」
「大丈夫です!あっそうだ、私今晩は虎太の部屋で寝ますね」
「え?どうしたの?」
「あの子、本当に怖がりなんです。作り物だってわかっていても、お化けを思い出して眠れなくなっていると思うので」
「気を遣わなくても大丈夫なのに」
「いえ、いまも虎太を探しているところだったので。邪魔してすみません、今晩もごゆっくり!」
「あ、おい、ちょっと待て!」
「もうマサルちゃんたら、顔あかーい」
「からかうんじゃない!」
後ろから聞こえてくる楽しそうな声から逃げるように、必死に走る。ああもう、私ってば間が悪い。でもこれで杏子さんとコーチは気兼ねなくいちゃいちゃ出来るし、私は久々に虎太と寝れるし、いいこと尽くめじゃないの。
走ったせいで乱れた息を整え、たくさんの部屋のドアがある廊下を見回す。虎太の部屋はどこだっただろう。いちいちノックして聞いて回るのも申し訳ない。
「──名前さん?」
「竜持くん」
音もなく開いたドアから出てきたのは竜持くんだった。驚いた顔をして私を見つめる視線が熱っぽくて、どうしたんだろうと首をかしげる。耳の横でかんざしが揺れて、浴衣を着ていたことを思い出した。いまさらながら乱れた髪を整えて意味もなく裾をなおして、ちらっと竜持くんを見上げる。
「あ、玲華ちゃんが用意してくれてて……変じゃない、かな?」
「似合っています。本当に」
「──よかった」
安心とざわめきが胸を駆け上がる。気恥ずかしくなってかんざしをいじって、不快じゃない沈黙を味わう。
数秒の無音ののち、ここへ来た目的を思い出して顔をあげた。そうだ、虎太。
「竜持くん、虎太知らない?」
「虎太クンなら自分の部屋に戻ってますけど。何か用ですか?」
「肝試ししたから怯えてるんじゃないかと思って、様子を見に」
「ああ、それなら大丈夫ですよ。僕たちの仕組んだことですし、先程までサッカーの話をしていましたから」
「怖がってないの?」
「ええ。僕の考えた戦術に興奮したみたいで、頭のなかはサッカー一色です。今日は張り切ってましたし、疲れてベッドに入っていますよ」
「寝てるの?」
「先ほど訪ねたら、もう寝ていました」
「そっか」
怖い話に怯えて眠れないとき、一緒に寝ることもあった。不安そうに何度も私がいることを確かめて、足を出して寝たら幽霊が来るというのを信じてタオルケットでぐるぐる巻きになって寝ていたこともあったのに。
成長、してるんだな。さみしいような嬉しいような気持ちを噛み締めて、そっと自分の心をつついてみる。これは親の疑似体験なのかもしれない。
「じゃあ、今晩どこで寝ようかな」
「自分の部屋があるじゃないですか」
「そうなんだけど……杏子さんとコーチが思った以上にラブラブで」
多くは語らずとも伝わったらしく、確かに居づらくはありますね、と思案するような声が聞こえてきた。虎太が幽霊に怖がっていないのも既に寝てしまっているのも、ぜんぶ予想外だ。こうなったら凰壮と一緒に寝ようかと顔を上げると、竜持くんと目があった。まっすぐ見つめてくる視線にどきりと心臓が鳴って、慌てて下を向く。
「じゃあ、僕と一緒に寝ますか?」
「え?」
「数え切れないほど一緒に寝た仲でしょう。つい先日も」
「り、竜持くん!」
「名前さん」
すっと差し出された手に、ためらってから手を乗せる。こうしたら、竜持くんの事だからからかってくるかもしれない。このあいだのは満更でもなかったんですね、だとか、意外と積極的なんですね、だとか。そうしたら拗ねて、やっぱりやめると言ってみよう。そうですか、なんてあっさり手を離されるかもしれない。
一瞬のあいだに様々なパターンが駆け巡って対応まで考えたのに、現実はどれにも当てはまらなかった。ただ黙って手を引かれて、竜持くんに与えられた部屋のドアが開けられる。重ねた手が熱くて熱くて、くらりと目眩がした。