「虎太!」



すこし大きめの声で呼ぶと、ボールを蹴ろうとしていた足がぴたりと止まった。まっすぐな両目のなかで、怒られると察した特有のびくつきや、それでもライバルと張り合おうというプライドがせめぎ合っている。仕方なくグラウンドへ足を踏み入れて、虎太の前まで歩いていく。



「虎太、あんまり弟を困らせちゃ駄目だよ」
「だって、こいつが!」
「負けず嫌いが虎太のいいところだけど、あんまり意地をはりすぎるのもよくないよ?」
「姉ちゃん、でも!」
「虎太の性格はわかってるよ。だから凰壮も竜持くんも止めずにいたんでしょう?」
「……うん」
「そうだ、合宿するんだってね。成長したらまたケーキ買わないと!それとも作ったほうがいい?いちおうロールケーキ、練習はしたんだけど」
「……姉ちゃんが作るほうがいい」
「そっか、じゃあそうする。ええと、きみのことはゴンザレスくんって呼んでもいい?私は名前、たまに差し入れにくると思うから、よろしくね」



出来るだけ優しくゴンザレスくんに笑いかけると、しばらく見つめられたあと目をそらされた。勝負に水をさされて興が醒めたのだろう。ぽんぽんとボールを蹴る足はやわらかく淀みなく動いていて、そのボールさばきだけでもサッカーがうまいということが伺える。
そんなゴンザレスくんをたしなめるような声がして、ゴールキーパーを守っていた新メンバーが来て私に笑いかけてくれた。背が高い男の子は、さきほど凰壮が教えてくれた多義という子で間違いないだろう。



「多義くん、でいいのかな?」
「みんなタギーって呼んだりするから、好きに呼んでくれ。お姉さんは、名前でいいのか?」
「うん、よろしくね。そうだ、スペインに行くんでしょう?応援してるから、みんなで頑張って行こうね!」



優勝したらスペイン、目指すは銀河一。いいチームだと心から笑うと、多義くんは面食らったように目を丸くした。うしろにいるゴンザレスくんも。あれ、スペインじゃなかったっけ。いや、さすがに今さっき聞いた話を忘れるほど馬鹿ではないぞ。
スペインでいいんだよね、とおずおずと尋ねると、多義くんはいつの間にか止めていた息を吐き出して頷いてくれた。



「間違ってないぞ。いきなりスペインに行くことが前提みたいに言うから、驚いたんだ」
「だって、三人がスペインに行くって、もう負けないって言ったんだもの。信じるしかないじゃない。何しろ私は、勝利の女神様らしいし?」



わざとらしくウインクしてみせると、話の流れを見守っていた竜持くんがやれやれと肩をすくめた。どうやら虎太とは違い、竜持くんは新メンバーふたりに不満はないらしい。

そうだ、二人が入ってくれたおかげで八人制のサッカーができるようになったというし、歓迎会をしてみたらどうだろう!豪華ではないかもしれないけどそれなりに華やかな料理は作れるし、みんなで楽しく語り合ったら虎太も今ほどゴンザレスくんと張り合わなくなるかもしれない。
いい案だと両手を合わせて、嬉しそうな多義くんに笑いかける。多義くんも歓迎会が嬉しいみたいだし、コーチや杏子さんにも協力してもらって──。

ハッ。そこまで喋って、あることを思い出して固まる。私の料理が食べられるというささやかなことを、特権だと称してさみしそうな顔をしていた竜持くん。慌てて後ろを振り向くと、そこにはにっこりと笑っている竜持くんがいた。



「あっ、で、でもやっぱり私の料理じゃおいしくないかもしれない!あの、あれだよね、翔くんの焼肉屋さんで買ったほうがおいしいし焼肉だし、えっと、その、ええと、つまり──」



ちらちらと竜持くんを見るが、さきほどの笑顔から表情が変わらない。もしかして怒っているのだろうか。寂しがったりしているのだろうか。思いつきだけどいい案だと思ったのに、また竜持くんを傷付けてしまったかもしれない。
私が竜持くんを気にしているのがわかったのだろう、多義くんやゴンザレスくんも何事かと竜持くんを見る。最終的にメンバー全員の視線を独り占めして、竜持くんはにっこりと笑った。



「名前さん」
「はっはい!」
「僕はそこまで心が狭くはありません。前回はただ、すこし思うところがあって。僕だってチームメイトくらい歓迎しますよ。ただ──」
「ただ?」
「ほうれん草のおひたしだけは駄目ですよ」
「竜持くん……!」



いたずらっぽくウインクして見せる竜持くんは、私の行動を怒ってはいないようだった。それどころか、名前さんにしてはいいことを言いますねと、竜持くんにとってはまあまあな褒め言葉を口にしている。その成長に心が震え、腕を広げて竜持くんに駆け寄った。が、抱きしめようとした寸前でぴたりと止まる。

──竜持くんに、抱きつく?私が?
一気に赤くなる顔は、竜持くんにしか見えていないのだろう。どうぞ、というように竜持くんが両手を広げてみせるのに動けず、最終的に体のバランスを崩して腕はいつもの位置におさまった。



「一緒のベッドに寝た仲なのに、つれないですねぇ」
「い、いつの話よ」
「さあて、いつの話でしょう?」



小さい頃の話だとごまかそうとしたのに竜持くんは乗ってくれず、おかしそうに笑った。そんなに暑いんですか、とからかう声に頷く。夏ですからね、という涼やかな声は、そのまま続けて私の願いをぶち壊した。



「明日から合宿ですから、歓迎会をしている時間はありませんよ。帰ってきたら大会が始まりますし」
「え」
「残念ですが、名前さんの料理は今後も僕たちが独り占めということで」


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