「本当にごめんね!どうしても抜けられなくて……先生にも怒られるし」
「今まで散々塾をサボった結果だろ」
「でも都大会決勝なのに……」
「先に準決勝がある」
「模試があるんでしょう?僕たちは優勝して帰ってきますから、名前さんもいい結果を出してきてくださいね」
「姉ちゃん、俺頑張るから」
「だから名前姉は安心しなって。結果が悪かった理由に俺たちを使うなよ?」
「名前さんも頑張ってくださいね」
「──うん」



逆に私が励まされるとはどういうことだろう。欠かさず三人の試合を見に行っていたから、こうして結果だけを待ち続けるのは初めてだ。試合が見られないのは残念だし心配でもあるけれど、いま私がしなければいけないのは模試に全力で取り組むことだ。最近サボってばかりいたせいで、せっかく詰め込んだものがぽろぽろとこぼれ落ちてしまっている。塾の先生が怒るのも当然な結果が見えて、問題をといている最中にすこしばかり凹んだ。
いや、ここで踏ん張らなければ三つ子に合わせる顔がない!あの子たちはきっと優勝して帰ってくるんだから、私も頑張ろう!途切れがちだった集中力を総動員して、紙の上でふんぞり返る文字を睨みつける。これが終わったら、まっすぐ三人に会いに行こう。



・・・



「……負け、た?」



信じられない。静まりかえった家には私たち四人しかいなくて、音というものがなくなってしまったみたいだ。思わず唇からこぼれ落ちた言葉に、三人は何も言わず俯いた。そんな、勝つって、優勝するって、でも、目の前で打ちのめされている三人が事実だ。ここで泣いちゃいけない。一番悔しくて悲しくて怒っているのは、三人なんだから。
三人とも同じくらい落ち込んでいて、いつもは一番に誰を慰めたらいいかわかるのに、今はそれがわからない。虎太の怪我が重症じゃなかったことがせめてもの救いだと思う。三人ばらばらに散っていくのを見つめて、リビングで落ち込む虎太のとなりに座って体を引き寄せた。抵抗なく体を預けてくる虎太の動きと一緒に、ソファが沈む。



「……姉ちゃん、ごめん」
「どうして謝るの?」
「勝てなかった」
「人生で一度も負けなかった人なんて、いないよ」



どう言っていいかわからず喉を震わせた言葉は、薄っぺらく響いて消えていった。それきり虎太は何も言わず、黙って敗北を噛んでいた。八つ当たりをしないということは、散々したあとなのだろう。ぎりぎりと握り締めた拳に食いしばった歯が、どれほど悔しかったかを伝えてくる。
その悔しさがすこしでもわけてもらえるように、そっと抱きしめる。動けないほどの悔しさは私が持ってあげたい。どろどろしたものは振り払って悔しさをバネにして上を目指すことが、虎太には出来ると思うから。



「姉ちゃん、ありがと。もういい」
「ん」
「二人が待ってるから」
「うん。いつでも来ていいからね」



虎太は何も言わず、弟二人のもとへ私を送り出した。すこし成長した言動に、偉いと言って頭をなでる。その一言に様々な意味がこめられていると察した虎太は、ただ頷いた。それからサッカーボールを持って片足だけで練習しはじめる。片足を動かさずにいるところを見ると、安静にという言葉を守っているらしい。
笑ってリビングを出て、目指すは凰壮の部屋。ノックをして入ると、真っ暗な部屋のベッドでうずくまっている凰壮がいた。



「凰壮、となりいい?」
「……」
「ありがとう」



虎太もだけど、凰壮もかなりの負けず嫌いだ。三人の悔しさを比べることは出来ないけど、凰壮も一番と言っていいほど悔しがっている。
座り込んでいる凰壮の前に座って、思いきり抱きしめた。背中をぽんぽんとなでて、何を言うでもなくただ抱きしめる。凰壮は私の服の裾を握り締めて、ぶるぶると震えていた。泣いているのではない、悔しさのあまり震えているのだ。



「俺……俺」
「うん」
「くそっ!」



悔しくてたまらない気持ちは、時間が解決してくれるのだろうか。お腹の底が煮えたぎってすべてを吐き出してしまいたいけど、そうすると闘争心までなくしてしまう。悔しくない代わりに、すべてを諦める。凰壮はそれをしないだろう。熱くても苦しくても全部飲み込んでしまう、強い子だ。
何度も、くそっという言葉が部屋にこだまする。強く抱きしめることしかできない私を、凰壮は突き放した。



「……もういい。竜持のとこ行ってねえんだろ。早く行ってやれ」
「行かないよ」



こんな時までまわりをよく見て、人を気遣える。そんな子を放ってどこへ行くというのだろう。何度も何度も、どこへも行かないと言って抱きしめる。どうして私はこの子たちに何もしてあげられないんだろう。どうしてこんなに悔しい思いを、人生で味わったことがないんだろう。
それから30分後、凰壮はようやく顔をあげた。くしゃくしゃになった私の顔を見て、おかしいように困ったように笑う。



「やっぱり名前姉って変わってるな」
「そうかな」
「もう、本当にいいから。竜持、ずっと待ってるぜ」
「……うん」



こうなった凰壮は、たぶん本当に大丈夫だ。一階に行くという凰壮と部屋を出て、竜持くんの部屋をノックする。二時間後ぶりに竜持くんの声が聞こえた。机に向かっている竜持くんはこちらを見もせず、ただ大丈夫だと告げた。



「二時間のあいだに折り合いをつけました。もう心配しなくていいですよ」
「うそ」



竜持くんの嘘は、たまにすごくわかりやすい。だってほら、そんなに悲しくて悔しそうな顔をしているもの。シャープペンシルを握る手に包むようにふれると、あっという間に感情が溶けて流れ込んできた。虎太や凰壮のように抱きしめるのは戸惑われて、手を握り締めたまま頬をなでる。子猫が擦り寄るように目を瞑る竜持くんのまつげは、かすかに震えていた。


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