「ルナティック、だっけ。この人何がしたいのかなあ私好きじゃないなあ」

彼女はかじりついていたテレビから顔を離し、ダイニングテーブルで黙々と仕事をしている私に声をかけた。
少しうっとおしかったが、それでも彼女のいうことだからと一度考えてからゆっくりと口を開いた。

「誰かに褒めて欲しいんじゃないですか」

自分の願望かどうかはさておき、褒めてほしい、力を誇示したい、というのはこの手の輩に多い動機だ。

「悪に優しさを見せないユーリにしては珍しい見解、続けて続けて」

「黄色い声の一つでもかけてやったら意外と止まるかもしれませんよ」

すると彼女はまあそうかもね、と言ってまたテレビに視線を戻した。
悲しいことに、ルナティック自身にはそこまで興味はないらしい。一般市民ならだいたいこんな反応なのだろうか。
私も仕事に戻ることにした。

それからも彼女はテレビを真剣に見ているようだった。そしてしばらくしてから、今度は謎の声を上げだした。どうしたというのだろうか、と気にはなるが、聞くのはこの書類が終わってからだ。内心ではそう決めていたが、また私を呼んだのでそちらを見ることにする。

「さっきルナティックに殺された人なんだけど、ユーリ見てよこれ」

彼女はテレビの画面一面に出ている顔写真を指差した。そこに映っているのは、紛れも無く裁いた人間だ。それがどうかしたというのだろうか。

「こいつ多分、前に私の鞄ひったくった奴だ」

ただのひったくりなど相手にした記憶はないが、と思いよくよく罪状を思い出せば、ひったくり以外にも山のように重ねてきている奴だった。殺されて当然だが、こんなところでまさか目の前でテレビを見ている一般的市民な彼女との繋がりが出来るとは予想外だった。
それからも続く報道に、彼女は尚もうわぁ、などと感嘆詞を並べていく。

「それにしても、さっきのは嬉しい悲鳴だったんですか?」

「そうだね、そうかもしれない。ひったくり程度ならなかなか捕まらないかなあと思ってたから、ルナティックに少し感謝、かも」

深く考えた様子もなく彼女はそう言う。それで彼女が前に言っていたことを思い出し、興味本位で私は質問をした。

「ルナティック、好きですか?」

彼女は数秒悩むそぶりをしてから「少なくとも嫌いじゃない、むしろ街中であったら、恐怖よりか黄色い悲鳴の一つや二つ出せるかも」とまるで他人事のように言った。

私は仄かに嬉しさを感じた。しかしそれと同時に無常さも覚えた。
やはり当事者でなければいくらでもなんとでも好きなように意見など翻せるものなのだ。前は好きじゃないと言っていたのに、自分に恩恵があるとなるとこれなのだ。

「それにしても、一般市民ってめんどくさいね」

「そうですね」

でも彼女は、それでも私と同じ意見を持ち合わせてくれているのだ。市民に対して失望するにはまだ時期尚早だ。
私に対して恐怖以外を示す人がいるうちは、生温いが、我慢しよう。







ただの悲鳴じゃ興醒める



ユーリ/ルナティック企画「theMOON」に寄稿いたしました。


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