※直接的な表現があります

「なんでそんなに悲しそうに笑うの」

なまえが不思議そうに俺に言う。不思議なのは俺の方だ、お前に俺の表情がなぜ読み取れた。S級犯罪者として生きていくことを誓った日から俺は顔の半分以上をマスクで覆い隠してきた。悲しみという感情は忍びという稼業において邪魔にしかならないことを俺は十分理解していたからだ。
なまえは土足で俺の心を踏み荒らした。齢九十を超えた爺にたかが二十歳そこらの娘が進入してきたところで何も変わらないのはなまえも十分わかっているはずなのに、行為の最中は決まって、そのS級犯罪者の割にか細い手が俺の頬に触れ、愛してる、なんて戯言を言う。
二十歳の娘が何を愛してると言うのだ。愛なんてものは失ってから初めてその存在に気づくものなのだ。小生意気にその言葉を囁いたところで俺がお前を愛することなどないというのに。それでもこいつはおとなしく俺になされるがまま声を上げだらしなく俺を求めて喘ぐ。もうこの歳だ、性的快感など微塵も感じない。こうしてなまえを組み敷いて行為に至るのは下衆な快楽のためではなく、加虐欲、支配欲を満たす、それだけだ。愛も快楽もこの場にはない。
本能のままに交じり合った翌日の朝になると決まってこいつはそういう。悲しいことなど何もない、何一つない。俺にとって金さえあればいいのだ、金が全てなのだ。金で買えない感情などどんな価値があろうか。無駄に一世紀近く生きてきたわけではない、どんな人でも心変わりはするものだ。
返事をせずなまえの唇を手で塞ぐと、困ったような笑顔を浮かべる。トントンと手を叩かれ解放してやれば、ごめん、とだけ言う。俺はこいつのこういうところが苦手だ。何も悪くないのに何故謝る。何も悪くないのに何故悲しそうに笑う。お前の方こそ悲しそうに笑っているではないか。笑っているではないか。

「角都の永遠の中に、少しでも私の居場所があればそれでいい」
「馬鹿馬鹿しい…」
「知ってる…」

それでも、と一糸纏わぬ姿のまま窓辺に腰掛け空を飛ぶ番いの鳥を眺めるなまえが言葉を繋ぐ。

「女って、そういうものよ」

何を小生意気に、この女は言うのか。お前はまだ女でもないし、大人でもない。生意気だ。俺に愛を囁くなど数百年早い。

「くだらぬ」

ため息交じりの俺の言葉にそう、とだけ返事をして抱きついてくる。馬鹿馬鹿しい、お前がお前の中に俺の居場所を作らぬくせに、お前は俺に土足で踏み入って、住みやすいように踏みならして。
視線をそらすと金が積まれていた。金は裏切らないから好きだ。なまえは裏切るかどうか、まだわからない。年の割に情け無く、ふつふつと湧いてきた久しぶりの感情に身をまかせるのも悪くない。

2014/12/03



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