寒い日には | ナノ


寒い日には


※凌ゆま♀がナチュラルに結婚してて夫婦でなぜか喧嘩してる





久しぶりの実家のご飯は、それはそれは美味しかった。
「ばあちゃん、おかわり!」
「おーおー、よく食べるねえ」
「つーか、食べすぎ。それ何杯目よ?」
にこにこ笑顔の祖母と、呆れた表情でいる姉と、家族3人で食卓を囲ったのはいつぶりだろう。二人姉妹の長女である明里は婿をもらって祖母と一緒に暮らしているが、遊馬は結婚後、凌牙の借りていた部屋に住居を移した。専業主婦なので、パートの時間以外はちょくちょく顔を出しに来ていたが、日も沈んだ夕食のこの時間帯にいるのは珍しかった。
というのも今朝、仕事に出掛ける旦那様と派手に喧嘩をして、家出中なのだ。
「そういえば明里姉ちゃん、義兄さんは?」
「今日は残業だって。あんたんとこの旦那は遅いの?」
「知らない。起きてすぐ喧嘩になったから、予定聞いてない」
「あっそう」
姉も祖母も帰れと促すことはしない。実はこうして家を飛び出してくることは度々あり、いつものことだと受け流されているのだ。
けれど遊馬は、毎回本気で腹をたてて出てきている。今だって、せっかく美味しいご飯が並んでいるというのに、凌牙のことを思い出したらムカムカして箸が進まなくなった。
(ふんだ、凌牙のバカ!あっちから謝ってくるまで絶対帰るもんか!)
これまでの喧嘩の勝敗は、おおよそ互角だ。遊馬が寂しさに負けて家に戻る場合もあれば、凌牙が迎えにくるパターンもある。大概、悪いと思ったほうがアクションを起こすので、遊馬は何があっても戻るもんかと心に決めていた。
実家はいい。家事もせず、思う存分ごろごろしていられる。リビングでテレビを見た後、お風呂に入り、そろそろ寝ようと思って自室に戻った。子供の頃は屋根裏のハンモックで寝ていた遊馬だが、身長が伸びた今ではもう無理だ。いつでも遊馬が帰ってきてもいいようにベッドメイキングしてくれている姉と祖母に感謝して、ふかふかの布団に潜り込んだ。昼間に干していたのか、お日様の香りがして心地いい。
ところが、いつもと違う“温度”に気付くと、途端に心が寒くなるのを感じた。
「そ……っか。いつもは凌牙が先に温めててくれるから……」
凌牙は仕事から帰ってくると、真っ先にシャワーを浴びる。その間に遊馬は食事を温め直し、ふたりで夕飯をとるのだ。遊馬が風呂に入るのはその後になる。いつも凌牙が先にベッドへ入っているから、遊馬が隣へ寝転ぶ頃にはいつも温かくなっていた。
けれど今日は、その凌牙がいないから、布団が冷たい。
「………」
寂しかった。
結婚して、一緒に暮らして、凌牙がすぐ傍にいる生活に染まりきってしまっている。凌牙の気配を感じられないことが、こんなにも心もとないものだとは思わなかった。生まれた時から過ごしてきた自分の部屋なのに、よそよそしく感じてしまう。
「凌牙……」
その時、聞き慣れた音がして、ハッと面を上げた。
間違いない。今のは凌牙のバイクの音だ。
遊馬の家を通り過ぎ、近くで止まった。迎えに来てくれたのかもしれない。遊馬はパジャマの上にカーディガンを羽織ると、急いで外に飛び出した。街灯の下で、バイクに凭れたまま煙草を吸っている夫の姿がある。
「凌牙……」
「そんな薄着で何やってんだ」
顔をしかめて、着ていた厚手のジャケットを肩にかけてくれる。凌牙の温もりが残るそれをギュッと握った。
「迎えに来てくれたの?」
期待を込めて尋ねると、凌牙はそっぽを向いた。
「……いつも纏わりついてくる奴がいねえから、久しぶりにコイツで走ろうと思っただけだ。迎えに来たわけじゃねえ。俺はまだ怒ってるんだ」
その言い方にムッとした。
「俺だって!絶対謝らないからな。寂しくても、今回は絶対帰るもんか!」
「はっ。寂しかったのかよ」
「ふーんだ。謝りに来たなら帰ってやろうかと思ったけど、やーめた!じゃあな、凌牙。おやすみー」
ひらひらと手を振って踵を返す。
素直じゃない夫の性格は分かっていたけれど、これで帰ったら遊馬から折れたのと同じことになる。それは絶対嫌だった。
「待てよ」
引き留める声に心が跳ねた。家に帰ろう、俺が悪かった、と言ってくれるのを期待して振り返る。
ところが凌牙は、煙草をくわえたまま右手を突き出した。
「ジャケットは返せ」
「……凌牙のバカ!タコ!おたんこなす!」
思い付く限りの罵詈雑言と一緒にジャケットを投げつけた。あっさり受け止められたのがまた癪に障る。
この頃には遊馬も、凌牙の目的を悟っていた。
(凌牙は謝りに来たんじゃない。謝らせに来たんだ!)
バイクを走らせたのも、音で近くへ来ていることを気付かせるためだ。そうやって家から遊馬を誘きだし、寂しがり屋の彼女が折れるのを待っている。
(いつもの俺なら謝ってたかもしれないけど、今回は絶対イヤだ!!俺、何も悪くねえもん。絶対折れない!)
目を吊り上げて凌牙を見る。折れるならそっちが折れろ。目に念を込めて睨むと、伝わったのか凌牙も口元を引き結んだ。鋭い眼光で射抜かれるのは、正直恐い。けれどここで目をそらしたら負けだ。半ば意地になって凌牙を見返した。
「………」
険悪な沈黙が落ちる。
木枯らしが吹いて、遊馬は寒さから体を震わせた。パジャマにカーディガンを羽織っただけの薄着では、夜の冷気の中にいると芯から凍えてしまう。
「もう寒いし戻る……。凌牙もさっさと帰って寝ろよ」
「ああ。分からず屋の相手なんかしてらんねえぜ」
苛立たしそうに煙草を携帯灰皿に押しつける。遊馬もふん!と鼻を鳴らして背中を向けた。最悪な気分だった。凌牙は相変わらず怒っているし、寒いし、戻ってもベッドは冷たい。もう一度湯舟に入って温まり直そうかと思っていると、再び後ろから声をかけられた。
「遊馬!どうせ昼間は一度部屋に戻るつもりなんだろ」
「だったら何だよ」
今回の喧嘩は長期化しそうなので、日常の細々したものを取りに戻るつもりだった。
「夕飯でも作りおきしておけって?先に言っとくけど、嫌だからな」
「違えよ。メシはいいから湯たんぽ作っとけ」
「え?……どっか悪いの?」
怒っていたのも忘れて振り返る。凌牙はバイクに凭れかかったままだった。帰ろうとする気配を感じない。
「具合が悪いんじゃねえ。……抱き枕がいないから、布団が寒いんだよ。馬鹿」
「!」
胸を衝かれた。言葉もなく凌牙を見つめる。遊馬の視線から逃れるように、凌牙はそっぽを向いた。
(ああ、もう……!)
しょうがない人だなぁ、と思った。素直に帰ってこいって言ってくれれば頷くものを、こんな言い回ししかできない不器用さが憎めない。
きっとそれだけ怒っているのだろうし、謝る気もないのだろう。遊馬だってそうだ。けれどそれで相手を嫌いになるかと言えば違う。好きだから怒るし、早く仲直りしたいから、相手に謝ってほしいと望む。これは凌牙の精一杯の譲歩なのだろう。
しかしそこで人を抱き枕扱いするのは如何なものか。女心が分かっていない。ひとり寝が寂しいから戻って来いと求められた方が何倍も嬉しいのに。
それでも、遊馬の心を動かすには充分だった。言うだけ言って諦めたのか、ヘルメットを被ってバイクに跨がった夫に、急いで駆け寄った。
「待って!やっぱり俺も帰る。乗せてって!」
「……怒ってたんじゃねえのか?」
怪訝な面持ちでいる凌牙に、大きく頷いた。
「もちろん怒ってるぜ。でも、もういいや。帰る」
「なんだそれ」
「俺も布団が冷たくてイヤだったってこと!」
喧嘩中なのに、同じことを考えていたのが嬉しかった。そうしたら意地を張る気持ちが呆気なく萎えた。仲直りしたい、でも怒っている、けれど寂しい。抱えている思いが同じだと知った途端に、他のどんな感情よりも、凌牙が好きだという気持ちで心が満たされた。
譲歩してくれた彼に、今度は遊馬が歩み寄る番だ。
ジャケットの下に腕を入れて抱きついた。胸に頬をつけてピタリとくっつく。夜風に冷えた体に、凌牙の体温が心地よかった。
「お前にとっちゃ俺が湯たんぽかよ」
笑い声が降ってきたけど気にしない。凌牙も胸を撫で下ろしているのがわかる。
「帰るつもりがあるならもっと温かい格好してこい。家に着いた時に冷え切ってたんじゃ、枕を持ち帰る意味がねえ」
「はーい」
着替えのために一度家へ戻る。外で待たせるのも悪くて、凌牙を家に上げれば、案の定だと言わんばかりの目で家族から見られた。
冬のように寒い外気に比べれば、家の中は暖かい。けれど遊馬は、先ほどの凌牙の体温を思い出し、やっぱり寒い時は人肌が一番だと微笑を零した。



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