初恋は叶わない | ナノ


初恋は叶わない


※凌←ゆま♀失恋話
※包帯の子がシャークさんの彼女で、植物人間状態という設定







凌牙のことが恋愛の意味で好きだということに気付いたのは最近だった。
遊馬にとっては初恋であり、生まれて初めて感じた恋の高揚感に浮かれたり、恥じ入ったりと、充実した幸福感を抱いていた。
付き合いたいとか両想いになりたいという欲求よりも、相手と一緒にいたいというささやかな願望のほうが強い。凌牙とデュエルをしたり他愛のないことを話す時間を心待ちにしていた。
今日も放課後、時間を割いてもらえないかと期待して、ワンフロア下の2年生の教室を覗いてみる。
緑色の制服を着た先輩達の中、紫色の少年を探したが見あたらず、遊馬は肩を落とした。今日は学校に来ていないのかもしれない。
不登校だった頃に比べれば頻繁に校内で姿を見かけるようになったが、登校するかしないかは凌牙のその日の気分による。
自分の教室に戻ろうと踵を返したその時、出入り口の近くの席にいた女子生徒が、遊馬に気付いて後を追ってきた。
「あなた、九十九さんよね?」
見知らぬ先輩に名前を言い当てられて驚く。
しかし考えてみれば、凌牙との一件で遊馬の名前は学校中に知れ渡っているのだ。デュエルで負かしたはずの凌牙と仲良くしているのも噂になっているはずだから、遊馬の顔と名前を知っていたところで不思議はないだろう。
「そうだけど。えっと……?」
「あ、私は神代君のクラスメイト。1年の時からの同級生なの」
続いて名乗られたが、遊馬はよく聞いていなかった。
それより、目の前の女生徒が「神代君」と呼んだことに衝撃を受けていた。
学校一の札付きとして「シャーク」と恐れ呼ばれる凌牙を、名字とはいえ本名で呼ぶ生徒を見たことがない。
「初対面で何だけど、単刀直入に訊くわね。あなた、神代君のことが好きなの?」
そんなことを問われたものだから、遊馬は動揺を隠せなかった。
(もしかしてこの人もシャークのことを……?)
自分の他に凌牙を好きな人がいる。そんな風に考えたことはなかった。
凌牙は不良として倦厭されていたから、凌牙のいいところを知っているのも、恋心を抱いているのも、学校では自分くらいだと思い込んでいた。
恋敵なのかもしれない――そう考えて遊馬は顔を強張らせる。
分かりやすい彼女の反応に、先輩は憐れんだ目を向けた。
「悪いこと言わないわ。……神代君はやめておきなさい」
「な……なんでそんなこと言われなきゃいけないんだよ」
「あなたが何も知らないからよ」
まるで凌牙のことを知っているような口ぶりに、胸がざわめく。
遊馬を見つめながら、彼女は言った。
「……神代君、付き合っている子がいるのよ」






放課後、凌牙のほうから駅前広場に呼び出されてデュエルをした。
昼間のことが頭の中を巡っていた遊馬は、大好きなデュエルなのに集中することができず、さんざんな結果となった。
普段以上に悪手をくり返す彼女に、凌牙のほうが勝負を投げた。
「やめだ、やめ!こんなのちっとも面白くねえ。今日はどうしたんだよ。お得意のかっとビングとやらはどうした」
突き放した物言いの中にも気遣う心が見え隠れする。
昨日まで、そういうところを見つけては淡い恋心を躍らせていた遊馬だったが、今は何も感じなかった。
「あの、さ……小耳に挟んだんだけど……」
「ん?」
「シャークに彼女がいるって、本当……?」
恐る恐る問えば、凌牙の青い目が見開かれた。
「……どこで聞いた?」
否定されなかったことで、僅かにあった希望が断たれる。
胸が締め付けられ、凌牙の姿が遠くなった。
嫌な音を立てる鼓動を服の上から押さえながら、遊馬は目を逸らす。
「別に。2年の先輩が噂してたの聞いただけだから……」
遊馬に忠告をしたあの女生徒は、凌牙に恋をしているライバルではなく、凌牙の彼女の友達だったらしい。グレる前の凌牙と彼女を通じて親交を結んでいたこともあり、近頃彼の周りをうろつく遊馬に、親切心から口を出したそうだ。
『好きになりすぎる前にやめたほうがいいわ。神代君は彼女のことを忘れられないだろうから……』
そうしていくつか、彼女にまつわる事情を聞いた。
全国大会直前に事故に遭ったこと、かろうじて一命を取りとめたが、植物人間状態で現在も入院中だということ……。
重い内容に遊馬はどう受け止めていいのか分からなかった。
「えっと、彼女さん、入院してるって聞いたけど……」
「……ああ。いろいろあってな」
多くを語らず、凌牙は顔をそらした。
あまり口にしたいことではないのだろう。
凌牙本人の口から聞くまでは、と考えることをやめていた遊馬だが、どうやらこの話は事実で間違いないようだ。
(失恋、か……)
想いが報われなかったことより、凌牙に好きな人がいたことがショックだった。
泣きそうに歪む口元を必死に引き締め、無理やり笑みを形作る。
「ずっと待ってるんだろ?彼女がよくなるの……」
「……まあな」
「ど、どんな人なんだ?シャークの彼女なら、やっぱ美人?」
「どういう基準なんだ、それ」
想定外の話題に戸惑っている様子だった凌牙が、やっと微笑を浮かべた。
「普通だよ。どこにでもいる、普通の女だ」
「へ、へえー……。じゃ、じゃあさ、どこを好きになったんだ?」
自らの首を絞めるような質問を繰り返しながらも、尋ねずにはいられなかった。
彼が恋した少女とは、どんな人なのだろう。
「んなの、お前に話す義務はねえな」
そっけなく話を終了されてしまう。
むすっと引き結ばれた口元が照れ隠しだとわかっているから、ますます心が苦しくなった。
(でも、言えない……。俺の気持ちを言うなんてできない)
きっと彼女のことを大切に想い続けているであろう凌牙を、困らせるだけだ。
彼女のことを忘れられない気持ちは、遊馬にも察せられた。両親の生死が不明だからだ。
きっともう生きてはいないと考える理性と、生存の希望を捨てられない感情が複雑に入り乱れている。
あと数年もすれば、失踪宣告により社会的に死亡と見なされるだろう。
そんな未来を覚悟している一方で、無事に帰ってきてくれることを諦められずにいる。遊馬の頭を撫でて、「大きくなったなあ」と言って抱きしめてくれる姿を想像せずにはいられない。
凌牙もきっとそうだ。植物人間状態で回復する見込みはほぼないと知りながら、奇跡が起こる可能性を捨てられない。
そんな彼女を忘れられるわけがないのだ。
「今日は妙にソワソワしてると思っていたが、俺のことを気にしてたのかよ……」
呆れた風でカードをケースに戻す凌牙に、遊馬は噛み付いた。
「だって!そんな話聞いて何でもない顔なんてできるわけないだろ。俺たち……と、友達じゃん」
それ以上にはなれない現実に、生まれたばかりの恋心が悲鳴を上げる。
思わず目線を落とした遊馬の視界に、夕陽を反射して光る凌牙の右指が入った。
薬指と小指に大小のシルバーリングが嵌められている。
デザインは同じだが、大きさが異なる指輪。大きさだけが……。
遊馬はハッと息を呑んだ。
「そ、の指輪って……もしかして彼女の……?」
「!」
肩を揺らした凌牙が、遊馬の視線から逃れるように右手をポケットの中に突っ込む。
その目尻がわずかに染まっているのは、夕陽のせいばかりではないだろう。
その反応を見て確信した。
あれはペアリングだ。大きいほうが男用、小さいほうが女用。
きっと彼女とお揃いで購入したのだろう。
事故以来、形見代わりに身に着けているのかもしれない。

――好きになりすぎる前にやめたほうがいいわ。神代君は彼女のことを忘れられないだろうから……。

今さらながらに彼女の友人という先輩の忠告が身に染みた。
遊馬の割り入る余地などないことが、痛いくらい理解できた。
初めての恋を押し殺す苦痛に天を仰ぐ。
凌牙を好きだと自覚してからキラキラ輝いて見えた景色が、夕暮れ色に染まっていた。



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