誘い文句は愛称で | ナノ


誘い文句は愛称で


※幼馴染み設定




小さい頃の神代凌牙は、それはそれは可愛かった。しばらく女の子だと勘違いしていたことを、遊馬は懐かしさと共に思い出す。
白くて細い身体、零れそうな程大きくて美しいブルーの瞳、すっきりと通った鼻目立ち――すごい美少女だというのが第一印象だった。
一目で凌牙を気に入った遊馬は、見かける度に声をかけて一緒に遊んでもらっていた。どちらかと言うと人見知りするほうだった凌牙だが、無邪気に懐く遊馬に打ち解けるのは割合早かったように思う。一年の歳の差など関係なく、毎日のように公園で遊び「りょーちゃん」「ゆま」と愛称で呼び合うようになった。そして今、遊馬の前には、凛々しく成長した凌牙の姿がある。
「ゆま……」
覆い被さるように口付けてきた彼氏の唇を、目を細く開けたまま受け止める。
近すぎてよく見えないが、きめ細かい白い肌も、今は伏せられているブルーの瞳の美しさも、幼い頃から変わらない。
違うのは体格だ。昔は遊馬のほうが身長も高かったのに、今では抱き締められるとすっぽり丸ごと覆われてしまう。頬の丸みも削げ落ちて、すっきりとした端正な顔立ちになった。繋ぐと柔らかかった手も節くれ立って、単純な力比べではもう敵わない。
(りょーちゃん、すっかり男の人になったなあ……)
今の凌牙を女の子と勘違いする人はないだろう。
食むように唇を愛撫されながらそんなことを考えていた遊馬は、伏せられていた青い眼が突然開いて驚いた。
「キスの最中に考え事か?随分余裕だな」
口元は笑っているが、目は笑っていない。
獰猛な光を見て遊馬は冷や汗を浮かべた。
「な、ないない!余裕なんてない!」
「うわの空だったくせによく言うぜ」
「り、りょーちゃんカッコいーって思ってたんだよ!」
「りょーちゃんはやめろ」
一気に声音が低くなる。こういう時の凌牙は年齢に見合わない迫力があって、ちょっと怖い。
しかし、お気に入りの愛称を禁止されるのは納得がいかなかった。
遊馬はムッと口を尖らせる。
「なんだよぉ、りょーちゃんはりょーちゃんじゃないか」
「この年になってちゃん付けとか恥ずいだろ。凌牙って呼べよ」
「りょーちゃんだって俺のこと“ゆま”って呼んでんじゃん!」
「凌牙だ。俺はいいんだよ。ゆまって呼べるのは俺の特権だからな」
「それ言ったらりょーちゃんって言えるのも俺だけだろ。昔からこう呼んでたのに、いきなり変えろって言われても無理だよ」
「無理でも慣れろ」
「……りょーちゃんの横暴ー」
「だから凌牙」
口酸っぱく訂正されるが、頷けない。
男のプライドだとかよく分からないもののために、自分ばかり愛称を禁じられるのは不公平に感じた。
意趣返しに同じことを要求しようとも思ったが「ゆま」と呼ばれるのは凌牙の“特別”な証のようで嬉しくて、呼び名を改められたら自分のほうが悲しくなってしまう。
結果、ムスリと頬を膨らませて黙り込むしかなかった。
凌牙は溜め息を吐く。
「そんなに嫌かよ……」
「……りょーちゃんはりょーちゃんなんだっ!」
「だからやめろって」
平行線を描いたままの主張に、やがて凌牙のほうが折れた。彼はいつも最終的に遊馬には甘い。
「わかった、もう好きに呼べ……」
「やったあ!ありがとう、りょーちゃん!」
眉を寄せつつも譲歩してくれた彼に、抱きつき頬へキスをする。
渋面でそれを受けた凌牙だったが、ふと何かを思いついたらしく、口角を上げて遊馬を見た。
「……ただし、ひとつ条件を付けるぜ」
「え?」
「お前がりょーちゃんって呼ぶ度にキスしてやる」
「は!?」
唐突な取り決めに目を白黒させる。
「不愉快な思いをさせられてるんだ。それくらいしなきゃ割に合わねえ」
「いやいや、りょーちゃん何考えて……」
「言ったな」
問答無用で顎を取られて口付けられる。
しかも触れ合わせるだけのキスではなく、いきなり舌を入れられたものだから遊馬は仰天した。
「ぅんんっ……!」
抗議の言葉ごと絡め取られる。
奥に縮こもろうとした舌を捕まえ、吸っては擦り合わせてくる。
敏感な部分での接触に、ゾクリと背中が震えた。
「んあっ……はっ……りょーちゃん何すんだよぉ……」
唇を離されて涙目で睨み上げるが、凌牙は愉しげに笑うだけだった。
「この位いいだろ。つか、また呼んだな」
「あっ……。い、今のなし!ノーカンで!」
「却下」
後ろへ下がろうとしたが許されず、背中に手を回されて再びキスをされた。強引に歯列をこじ開けて深く求められる。
クチュクチュと唾液が交わる音が聞こえ、遊馬の頬が染まった。
凌牙はキスが上手いと思う。他の人との経験はないが、彼とのキスはその気がなくても夢中になってしまう。
初めは拒んでいた遊馬も、執拗なまでに絡められて吸われ、意識が溶かされていった。凌牙の熱が移ったように口の中が熱い。
嵐のような口付けに身を任せかけた時、触れてきた時と同じ唐突さで、凌牙の舌が口腔から出ていってしまった。
「あ……」
残念そうな吐息が零れたのに気付き、カッと顔に熱が上った。
(お、俺なに考えて……!)
「これに懲りたらりょーちゃんはやめるんだな」
濡れた口元をペロリと赤い舌で舐め取る。勝ち誇った表情で身体を離された。
遠ざかっていく凌牙の温もりを引き留めたい衝動に駆られる。
(け、けど……でも……)
あんなキスの後では、自分から手を伸ばすのも、言葉で求めるのも、はしたない感じがして抵抗があった。
しかし一度灯った熱はなかなか引いてくれず、迷った末に、遊馬は意を決して口を開く。
「り、りょーちゃん……」
「おい。まだ言うか」
眉を寄せて睨みつけられた。
「りょーちゃん……」
「ウゼェぜ。口塞ぐぞ」
「だ、だから、りょーちゃん」
「ゆま、いい加減に――」
ぎゅっと凌牙の服の袖を掴んだ。真っ赤な顔で見つめて訴える。
「りょーちゃん……」
「………ッ」
ようやくキスを強請られていることに気付いたらしい。凌牙も目元を赤くする。
「分かり辛ぇんだよ、馬鹿ゆまっ……」
荒々しい口調とは裏腹に、優しく抱き寄せられ、口付けられた。
蹂躙するようなさっきのキスとは違う。相手の舌の動きを探り合い、気持ちを重ねるような優しくて甘いキスだった。
そのキスが遊馬はとても好きだ。
「大好きだよ。……凌牙」
キスの後、初めて名前を呼んでみた。
ずっと愛称だったため少し照れ臭かったが、凌牙にも喜んで欲しかったからだ。
驚いて目を見開いた彼は、端正な顔に柔らかな微笑を浮かべてくれた。昔、女の子だと間違えた可愛い笑顔よりも、ずっと胸の温かくなる素敵な笑顔だと思った。



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