束縛≠愛 | ナノ


束縛≠愛


「でさ、風也の母ちゃんもまた来てって言ってくれたんだ」
「へぇ。よかったじゃねえか」
「うん!最初は友達になるのも嫌がられてたのになぁ。ちょうど今週の土曜、仕事休みらしいからまたデュエルするんだ!」
「ふうん……」
じゃあ土曜は会えないんだな、と頭の片隅に記憶しておく。
昨日、友達と楽しい放課後を過ごしたらしい遊馬は、生き生きとした笑顔でその時のことを話して聞かせてくれた。
相槌を打って静かに耳を傾ける凌牙だが、その内心は、沸き起こる不愉快感を治めるのに苦労していた。
(俺が電話した時に出なかったのはデュエル中だったからだ。それくらいでガタガタ言うのはカッコわりぃ)
こちらの気も知らずに、多くの友人を持つ遊馬の話題は絶えず続いていく。
「あとな、日曜にはいつものメンバーで遊園地に行こうって話になったんだ!」
日曜にまで予定が入っていることを知らされ、鎮めたはずの心が再びざわめいた。
「いつものって……あの幼馴染み達か」
「うん。あと委員長にキャットちゃんも。小鳥が親から割引券もらったんだってさー。あ、よかったら凌牙も来る?」
彼氏である凌牙の存在を忘れていたわけではないらしいことに安堵する。
「いや、遠慮する。一年ばっかのとこに俺が入って行っても気まずいだけだろ」
「そう?楽しいと思うけどなー」
「おまえはな」
隣を歩く遊馬の額を小突く。
なんだよぉ、と文句を言いながらも彼女の口は笑っていた。凌牙と一緒なら何でも楽しくてたまらないという顔だ。
つられて凌牙も表情を柔らかくする。
こうして下校を共にするだけでも、付き合い始めてまだ日の浅いふたりには立派なデートだった。
遠回りをしてショッピングモール内にあるカードショップに寄り、新しいパックを物色するのは楽しかった。
「遊馬、今日買ったカードを使ったデッキでデュエルしようぜ」
「いいぜ!これからする?」
「まさか。んなすぐにデッキが組めるかよ。明日の放課後とかどうだ?」
「あー……明日は右京先生のお手伝いすることになってて」
「じゃあ次の日は?」
「鉄男と先約がある」
「……じゃあその次の日」
「えっと、その日は……うん大丈夫、空いてる。じゃあ明明後日にな!」
ニコニコ笑顔の遊馬とは対照的に、凌牙の機嫌は急降下した。
彼女に友人が多いのは仕方ない。恋人になったとはいえ彼女の自由時間すべてを自分に向けるよう望むつもりもない。
ただ、至極あっさり恋人よりも友達を優先されると、複雑な気持ちになる。
(いや……友達を優先したと言うより、先約を優先したんだろ。これくらいでイラッとすんのは間違ってる)
狭量な男だとは思われたくない。
痩せ我慢だと知りながら何でもない風を装うが、笑顔の消えた彼の変化に気付かない遊馬ではなかった。
「えっと……凌牙?ゴメン、怒った……?」
顔色を窺い見る。
この時ばかりは、自分のことをよく解ってくれている彼女の目敏さを恨んだ。
「は?怒るって何にだよ」
プライドが邪魔をして素直に頷くことができない。そんな自分に呆れて腹が立つ。
一方の遊馬は物言いたげに瞳を揺らして、俯いた。
再び顔を上げて見つめてきたその表情は、何故か悲しげな色に染まっていた。
「遊馬……?」
「……凌牙ってさ、割と放任主義だよな」
「え?」
「俺が誰と遊んでたって気にしないんだもん」
拗ねた調子で遊馬は足元の小石を蹴った。
「予定入れる俺も悪いんだけどさ……ちょっと怒ってくれないかなって思いもあるんだよ。なのに凌牙は涼しい顔してるし……」
突然の恨み言に面食らう。
痩せ我慢は逆効果でしかなかったというのだろうか。
何と言うべきか迷っていると、突然遊馬は大きな声を上げた。
「――今のなし!やっぱ聞かなかったことにして!」
「え」
「いま俺、すげぇ変なこと言ったよな!?妬いてほしかったとか……うわぁぁ恥ずかしい!!無し、今の無しだからな!?」
真っ赤になって慌てている彼女の姿を見て、逆に凌牙は平静を取り戻した。
明け透けに本心を吐露する姿というのは滑稽だ。その内容が恥ずかしいものなら尚更である。
だが一方で、凌牙には堪らなく眩しいものにも映った。
自分にはとても真似できない。
(だから……)
そんな遊馬だから惹かれたのだろうと思う。
(遊馬は俺にとって太陽だ。いつも光輝いてて、心の中の闇を取っ払っちまう)
暗い水面の奥に沈んでいた凌牙を掬い上げてくれたのは間違いなく遊馬だった。
気が付けば唯一の異性として好きになっていた。
告白して、両想いになれて、遊馬を独占したい思いは加速する一方だが、そんなことはしてはいけないと棄てきれない理性が主張する。
遊馬を必要として求めているのは凌牙だけではないのだ。
例えば風也。例えば小鳥。例えば鉄男。
太陽のように輝く彼女の周囲には常に人が集まっている。
彼氏という立場を主張して、彼らから遊馬を取り上げるのは気が引けた。
かつて彼女に救われた凌牙だから、そんなことは出来なかった。
自身のプライドもあったが、甘んじて彼女の友人らを許しているのは、そういう思いもあってのことだ。
嫉妬を表に出してほしいらしい遊馬には悪いが、今後もそんなことはできないだろう。
「お前がどこで誰といようと煩く言うつもりはねぇよ。束縛は趣味じゃねえ」
「お、俺だって束縛されるのは嫌だよ。……でも……」
なおも満たされない様子の遊馬に、凌牙は続ける。
「束縛はしねえが……そのまま他の男のところに行くのは許さねえからな。遊びに行くのはいいが、浮気は駄目だ。絶対許さねえ」
凌牙に言えるギリギリの本音だった。
太陽は万人を照らす光だ。誰のもとにも平等に降り注ぐ。独り占めなど望みようもないものだ。
しかし遊馬は人間である。いかに太陽に比喩されようとも、彼女は人間だ。だからこそ凌牙は遊馬を自分のものとすることができた。
百歩譲って、遊馬を求める者に彼女を貸すのは許せる。だが奪おうとするなら話は別だ。
(絶対に誰にも渡さねえ……!!)
強い想いのままに遊馬の手を握る。
こうして彼女の手をとることも、まだ数えるほどしかしたことはなかった。
初心な彼女は顔を真っ赤に染める。凌牙の耳もきっと赤くなっているだろう。
「……帰るぞ」
「う、うん……」
互いを強く意識しているせいで、会話がぎこちない。
掌を介して伝わってくる熱に鼓動が弾む。
数十の言の葉を紡ぐより、肌で触れ合う方がずっと率直に気持ちが伝わるような気がした。
現に遊馬は拗ねていたのも忘れて、嬉しそうにはにかんでいる。
「あ、あのさ、凌牙!今週末は先約入れちゃったけど、来週は空いてるんだ。その、……だから……」
「ああ。どっか行くか。ふたりで」
「……うん!」
この恋はまだ始まったばかりだ。
“お付き合い”に関して初心者同然のふたりは、互いのペースを気にしながら、ゆっくりと歩み始めた。



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