【鮫】同工異曲【鳥】 | ナノ


【鮫】同工異曲【鳥】


日曜日、女友達と水族館へ遊びに来た小鳥は、見覚えのある少年が視界に入って足をとめた。
「シャーク……?」
「!……おまえは遊馬と一緒にいた……」
私服姿の凌牙が、驚いた表情を向ける。
声をかけた小鳥といえば、つい呼び止めてしまったもののさして親しい相手ではない。遊馬を通して、噂に聞くほど悪い人間でないと知っているが、二人きりで会話が弾むような間柄ではなかった。
相手も同じことを思ったのか、小鳥の周囲に視線を走らせる。
「……ひとりか?」
「あ、いえ……あっちに友達が……」
ワンブロック先のお土産コーナーを見やる。一緒に来た子たちは土産物を選ぶのに夢中で、小鳥がひとり離れていることに気がついていない。
小鳥の視線の先に遊馬の姿を見つけられなかった凌牙は、興味をなくしたように踵を返した。
「じゃあな。暗くなる前に帰れよ」
出口と反対方向へ向かう彼を呼び止める理由もなく、そのまま見送ろうとした。
ふと、凌牙の立っていた前にある大型の水槽が目に入る。
何が展示されているのかと傍らにある説明文を見た小鳥は、小さく呟いた。
「……サメ?」
ちょうど、巨大な鮫が悠然と水槽を横切っていくのが見えた。その迫力に目が引き付けられる。
背中を向けていた凌牙も、すぐそばを遊泳する巨大なシルエットに気付いて足を止めていた。
シャークの異名を持つ少年が鮫(シャーク)に魅入っている――。
小鳥はつい噴き出してしまった。
笑い声を聞き咎めた凌牙が鋭い眼光で睨みつけてくる。
「何笑ってやがる!」
「ご、ごめんなさい!シャークって名前、デッキに鮫モンスターが多いからかなって思ってたけど、本当に鮫が好きなんだなって思ったら、つい……」
「……俺が名乗ったわけじゃない。いつの間にかつけられてたんだ」
「でも、悪い気はしてないんじゃないですか?デュエルの登録名を『SHARK』にしてるくらいだし」
「…………」
黙り込んだところをみると図星だろう。会話の合間にもチラチラと大型の水槽を気にしていることといい、相当鮫が好きなようだ。
そうしていると年相応の少年にしか見えなくて、彼への恐れが少し薄らいだ。
「大きな鮫ですね。なんていう名前か分かりますか?」
立ち去るタイミングを逃した凌牙は、渋々口を開いた。
「……ジンベイザメだ」
「ジンベイザメ……聞いたことがあるような……」
「世界一大きな鮫だからな」
立ち去るのを諦めた凌牙は、やや距離をあけて小鳥の隣に並んだ。
巨大な水槽の中をゆったりと遊泳する鯨鮫を見つめる。
「鮫なのに他の魚と一緒に展示してるんですね。食べちゃったりしないのかな」
「ジンベイザメの主食はプランクトンだ。小魚ならともかく、この中にいるような魚は食べねえよ」
好きなだけあって、鮫のことには詳しいようだ。
「へー。なんか意外。鮫って危険な生き物のイメージだから……」
「人を襲うやつとは種類が違うからな。襲うのはあっちだ。向こうの水槽にいるヨシキリザメ」
指した先には、ここと同じく大きな水槽があった。ただしこちらと違って中身は鮫一匹だ。ジンベイザメの巨体に比べれば小柄で、大きな丸い目に愛嬌を感じる。
「わあっ、可愛い!こんなに可愛いのに、この子は人を食べちゃうんだ……」
「見た目と生態は同じとは限らないからな。一応プランクトンも摂取できるらしいが、メインはイカとか小さい魚だ。……ああそれと」
言葉を切って、なぜか小鳥を見下ろす。ニヤリと人の悪い笑みが浮かんだ。
「こいつは鳥も食べるそうだ。気をつけな」
「えっ!?」
ぞくりと背筋に悪寒が走った。
凌牙に名乗った記憶はないが、遊馬が呼んでいたのを覚えていたのだろう。さっき笑った仕返しだと言う。
何か言い返そうとした小鳥だが、
「……っくしゅん!」
言葉より先にくしゃみが出てしまった。
「あ……」
かあっと頬が赤くなる。
慌てて鼻を押さえてもなかったことにはできない。
先程の悪寒は水族館内の空調にあてられたせいでもあったようだ。
赤くなる小鳥の服装を見下ろした凌牙は、溜息した。
「館内は冷える。こんなところにノースリーブとミニスカートで来るやつがあるかよ」
「そんなこと言われても……」
凌牙のように度々来ているわけではないのだ。こんなに冷えるなんて知らなかった。
むき出しの肩をさすりながら、友達のいるお土産コーナーへ戻って温まろうかと考えていると、目の前に紫のシャツが差し出れて驚いた。
凌牙が着ていた長袖の上着だ。
「……貸してくれるんですか?」
「……さっさと着ろ」
そっぽを向きながらシャツを小鳥の手に押しつける。
意外な優しさに触れて、小鳥は鮫の名を冠する彼の本質を見た気がした。
――見た目と生態が同じとは限らない……。
「しかしおまえも大概変わった女だな」
ありがたく上着を借りた小鳥に、凌牙は呆れた風で言った。
「俺に構おうとするなんて……。遊馬も何かと首をつっこんできてウゼェくらいだったが」
「遊馬はバカだから……」
クスリと笑みを溢しながら、小鳥は肩をすくめた。
「ホント、どこまでもバカ正直なんです。こうと思い込んだらそのまま突っ走って行っちゃうから、ついて行くので精一杯で」
「まったくだぜ。あれは暴れ馬だな。人の話なんてちっとも聞きやしねえ」
「暴れ馬……ふふっ、そうですね。でも、馬は馬なりに考えて走ってるんですよ。だから……あなたも、遊馬につられて、また泳ぎだしたんでしょう?」
虚をつかれて目を丸くする。
「ほら、鮫って泳ぐのをやめると死んじゃうって言うじゃないですか。だから…………あれ?それって鮫の話だっけ?」
確たる知識がない小鳥は凌牙を伺い見る。
「そういう鮫もいるが……基本的に死なないな。死ぬのはマグロだ」
「あ、そ、そっか。あはは……」
「だが……泳ぐのをやめれば、鮫は沈む」
どこか遠い目をして、彼は言った。
「死にはしないが、沈むんだ。光の届かない深海まで……」
――きっと、不良グループに属していた頃のことを思い返しているのだろう。腐りきって、自由に息も出来ない場所まで堕ちた過去の自分を重ね合わせている。
そして、その深海から掬い上げてくれた太陽のような少年を脳裏に思い描いている。
「……鳥もね、飛ぶのをやめれば落ちるんですよ」
小鳥も遊馬を思い浮かべながら続けた。
「向こう見ずで走って行っちゃうから、一緒にいたかったら私も飛び続けなきゃいけないんです」
「……おまえ相手ならあいつも足を止めるだろうさ」
いつになく柔らかな眼差しを向けられて、小鳥も微笑んだ。
「どうでしょう。遊馬はバカだから、私が追い付けないでいるのも気づかないかもしれないし。……それに、飛んでいたいっていうのは私の気持ちですから。あなたもそうじゃないんですか?」
凌牙は無言だった。否定も肯定もしないことが、かえって彼の気持ちを雄弁に語っていた。
しばし、ふたりは見つめ合う。
こんなに真正面から凌牙と面を合わせたのは初めてではないだろうか。
迫力とでも言うのか、顔立ちも雰囲気も鋭い彼を見ていると緊張を覚えるが、目を合わせるとその感覚も消え失せる。
海を思わせる青い眼は、とても美しくて、優しい色をしていた。
「……好きなんだな、遊馬のこと」
凌牙の口から出るとは思えない単語を聞いて、小鳥は一瞬面食らった。
「え、違っ……」
慌てて否定しようとしたが、彼の瞳の奥にある光に気付いて口をつぐんだ。
おそらく凌牙が言いたかった“好き”は、彼の中にある“好き”と同種のものだろう。現に小鳥を見つめる彼の目には同士を見るような色が灯っている。
――ふと、Dゲイザーに着信が入ったのに気付いた。小鳥の姿が見えないことに気付いた友達からのものだ。
「ごめんなさい、私行かないと」
「ああ」
視線を外した途端、今しがたまで感じていた一体感とでもいうべき空気は霧散していた。
けれど、呼び止めてしまった時のような気まずいものは感じない。
「そうだ、上着……」
「いい。明日にでも返してくれ。放課後に遊馬とデュエルする約束なんだ」
「そうですか?じゃあ、お言葉に甘えて……」
何となく二人の間が砕けたものに変化しているのを嬉しく思いながら、もう少し中を見ていくという凌牙と別れ、友達のもとへ向かった。
温かく両腕をくるんでくれる紫のシャツの袖を握ると、喜びに心が踊る。
(きっと明日から、遊馬を通じてもっと親しくなれる)
同じ思いを共有する同士との空気は心地のいいものだった。
普段の凌牙は近寄り難いけど、ああいう彼なら悪くない。
仲良くなれそうだという予感は、きっと現実のものになるだろう。
明日、いつの間にそんな話すようになったんだよ、と驚く遊馬の姿が容易に思い描けた。それを見て笑い合う自分と凌牙の姿も。
想像に胸躍らせながら、それにしても友達に凌牙の上着のことをどう言って誤魔化そうかと、小鳥は思った。



<同工異曲>
ちょっと見ると違うようだが、実はだいたい同じであること。似たりよったり。

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