もう一度この場所から | ナノ


もう一度この場所から

※別れた凌ゆま♀が大人になって再会する話。
※二人とも他の人と恋愛関係を持ってます。一途な凌ゆま♀が好きな人は注意!





ハートランドシティの駅中は夕方のラッシュアワーとなると凄い人出で、歩いているだけなのに誰ともぶつからずに改札をくぐるのは難しい。
そんな人ごみの中で、何年も会っていなかった旧友と再会するのは、どれくらいの確率だろう。
「凌牙……?」
「……遊馬?」
仕事帰りだったらしい彼が驚いた顔を向ける。記憶の中よりずっと身長が伸びて、頬も削げ落ち、大人の男性になっていた。
つい立ち止まって凝視してしまった遊馬は、思わぬ再会に懐古の念を抱き、微笑みを浮かべた。
「久しぶりだな。元気にしてたか?」
「お前こそ……。驚いたぜ。こんなところで会うなんて」
「ほんとにな」
二人が付き合っていたのは中学生の時だ。凌牙の卒業を機に別れた後も、たまに連絡を取っていたが、時が流れるにつれて交流は途絶えていった。
けれどこうして顔を合わせて話をすれば、遊馬の知っている凌牙の面影が見え隠れする。年月は彼らを大人に変えたが、変わらないまま残っているものもあった。
「凌牙は今、研究職に就いてるんだっけ?」
ごった返す駅構内を並んで歩きながら、人から聞いた噂を思い出す。
凌牙は決闘とは関係のない職へ進んだ。あれほどの腕を持っているのだからプロの決闘者になる道も拓けていたのに、彼はそれを選ばなかった。
「よく知ってるな」
「だって、もったいないじゃんか。でも……考えてみれば、凌牙は俺と違って頭いいから、デュエル以外にもできることはいっぱいあるよな」
それに昔、彼は言っていた。決闘者としての汚名は晴れたが、表舞台にはもう興味がない。名声を得るよりも、自分なりの決闘を模索していきたい、と晴れやかな表情で語っていた。
「今でもデュエルは続けてるんだろ?」
確信を持って問いかける。仕事にせずとも、決闘と縁を切るわけがない。凌牙は頷き返した。
「近所に小さなカード屋があるんだ。休みの日は顔を出して、近所のガキ達とデュエルしてる」
「うわ。想像できねー」
カラカラと笑い声を上げると、凌牙も笑いながら軽く足を蹴ってきた。足癖の悪さは健在のようだ。変わらないところをまたひとつ見つけて、少し心が温かくなった。
「お前もデュエル、頑張ってるじゃねえか。この前の大会は惜しかったな」
「……やっぱり知ってるんだ」
「連日テレビに出てれば目に入るだろ」
プロへの道を袖にした凌牙と異なり、遊馬はプロの決闘者となった。凌牙と出会った頃の実力を思えば信じられないが、あれから彼女も随分と努力をして、他と比較しても引けを取らない決闘者へと成長していた。数日前のプロリーグもあと少しのところでランキング入りを逃したが、いいところまで行ったのだ。
「負けちゃったけど手ごたえはあったんだ。次は絶対、勝ってみせるぜ」
両手の拳を握って勝利を誓う。そんな彼女を、凌牙は優しい眼差しで見守った。

遊馬も凌牙も今はハートランドシティに住民票を置いていない。ここを乗換駅として、遊馬は下りの、凌牙は上りの電車に乗って、それぞれの住居へ帰る。
場所をどこかの店に変えて話しこむまではしなかったが、せっかく再会できたのにこのままサヨナラをするのももったいなくて、二人はホームのベンチに腰掛けると、とりとめなく会話を続けた。
ハートランドシティは規模の大きな駅だ。ハートランドがあるからだ。そのため、遊園地の閉園時間が来ると、一気に人通りは減少する。数年ぶりということもあって、話が盛り上がった二人の周りからは、電車待ちをする人影がほとんどなくなっていた。
「……懐かしいな」
ふと会話が途切れて、天井からの明かりに照らされた線路を眺めていた凌牙が、ぽつりと呟いた。遠い昔を思い出すような目をしていた。遊馬の脳裏にも同じ思い出が甦る。
「ああ……。俺、すっごくドキドキしたの覚えてる」
「今だから言うが……あの時、緊張して手が震えてたんぜ。大人ぶってても、ガキだったんだな」
「最初は鼻がぶつかっちゃったもんな。でも、そんなもんじゃないか?ファーストキスって」
二人が初めてキスをしたのは、このベンチだった。何度目かのデートの後、帰らなくてはいけないのに別れ難くて、ここで足を止めていた。あと5本電車が通り過ぎたら帰ろう……やっぱり2本追加しよう……あの時計が一回りしたら帰ろう……終電まで残り3本になるまでここにいよう……タイムリミットを伸ばしに伸ばして、少しでも長く一緒にいようとした。駅についた時は茜色だった空がいつの間にか夜の帳が下りて、騒がしかったホームも人気がなくなっていた。ファーストキスを交わしたのはその時だ。
「初キスって誰が相手でもドキドキするけど、ファーストキスのドキドキには敵わないよな」
とても緊張したし、同じだけ期待で胸を膨らませていた。恥ずかしさのあまり目を合わせられず、完全に凌牙のリードに任せていた。けれど凌牙だって初めてなのだ。初心者同士の初挑戦は上手く行かず、二度目でやっと触れ合えた。あの瞬間感じた唇の柔らかさと幸福感は心に焼き付いている。
電車の到着を告げるアナウンスがかかり、下りの電車がホームにやって来た。乗客を降ろした後、発車のメロディが鳴ってドアが閉まる。電車は数分も経たないうちに駅を去っていった。
数年前の遊馬達も見た景色だ。こうして何本も電車を見送った。長い年月を経て、大人になった彼とこのベンチに座り、あの時と同じものを見ているなんて不思議な気分だった。
「……凌牙は誰かいい人いる?」
急に今の彼が気になった。薬指に指輪は見えないけれど、既婚者が全員身に着けているわけではない。
「いや。あいにくと一人身だ。お前は?」
「いたら着信のひとつもあるよ」
「……だな」
時刻はだいぶ遅い時間を示している。偶然再会した旧友と親交を温めるのも、そろそろ終わりにしたほうがいい頃合だ。
(でも……)
立ち去りがたい雰囲気だった。昔を思い出してしまったからかもしれない。凌牙もベンチを立つ気配を見せなかった。
「……覚えてるか?初めてキスをした後のこと」
不意に凌牙が口を開いた。
「お前、レモン味じゃないって不満そうな顔をしたんだぜ」
「あれは……!凌牙が缶コーヒーを飲んでたせいだろ。苦かったんだよ」
「俺は甘かったぜ。お前がコーラを飲んでたから」
電子音声のアナウンスが鳴った。上りの電車がやって来る光が見える。凌牙の路線だが、やはり立ち上がろうとしない。
ゴトン、ゴトン、と音を立ててホームに滑り込んできた電車に目を向けず、彼は言った。
「――今キスをしたら、どんな味がするんだろうな」
驚いて遊馬は目を見開いた。
ドアを開けた電車は、しばし間を置いて発車のメロディを鳴らした。その音にハッと我に返る。
凌牙は遊馬の様子を窺っていた。遊馬にその気がなければ冗談にして取り下げるつもりなのだろう。真っ直ぐに気持ちをぶつけることしか知らなかった子供の頃とは違い、大人になった今ではズルい言い回しだってできる。
それは遊馬も同じだ。何事にも全力投球、猪突猛進だった彼女も、それくらいの処世術は身に着けた。
(でも……俺は……)
目の前を電車が通過していく。
これで何本見送っただろう。そして終電まであと何本あるのだろう――そう考えている自分に気付き、遊馬はすうっと目の前が開けていく思いがした。
(そうか。俺……)
電車の音を遠くに聞きながら、遊馬は真っ直ぐ彼に向き直った。
「そうだな……俺も気になる。試してみようぜ?」
数年前、初めてのキスを交わした思い出の場所から、もう一度恋を始めるのも悪くない。
遊馬の返答に凌牙は安堵の表情になった。あの時のように手が頬に伸びてくる。指で耳の裏を撫でてから、軽く頤を上げられた。近づく顔が照れくさい。つい軽口が零れた。
「……今日は手が震えないんだ?」
「馬鹿。黙れよ。鼻がぶつかるぜ」
至近距離でくすくすと笑い合う。笑い声が静まると同時に、しっとりと唇が重なった。柔らかい口付けにうっとりと瞼を下ろす。
ファーストキスではないけれど、胸は温かい鼓動を奏でていた。



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