知って近づく | ナノ


知って近づく


凌牙は久しぶりに丸一日を学校で過ごした。遅刻も自主早退もしなかったのはいつぶりだろう。
それを知った遊馬はたいそう喜んだ。一緒に帰ろうとまとわりついてきたため、断る気の萎えた凌牙は緩慢な動作で頷いた。
きっと遊馬は、不登校気味な凌牙に後ろめたい感情を抱いている。結果論だが、凌牙の居場所を奪ったのは遊馬だ。陸王海王のところに身を寄せていた時も、危険を省みず、凌牙を連れ戻しに来た。だから制服を着て校内にいる凌牙と出くわす度、彼は嬉しそうに破顔する。
凌牙の中で、遊馬を恨めしく思う気持ちは完全に払拭されている。むしろ恩義と感謝の情を抱いているのだが、それを返す機会にはなかなか恵まれずにいた。
(ナンバーズハンターとの件では、借りを返すどころか増やしちまったしな)
表面上は遊馬に淡白な対応をしている凌牙だが、心情的には頭が上がらない。だから甘くなる。一緒に帰るというささやかなお願いだって、なるべく遊馬の意に沿わせてやりたかった。
「こいつといるとトラブルが絶えねえんだけどな……」
「え?シャーク、何か言ったか?」
「何でもねえ」
小首を傾げる遊馬を置いて、さっさと歩き出す。慌てて追いかけてくる声を心地よく思いながら視線を前方へ向けた凌牙は、はたと歩みを止めた。
「シャーク、歩くの早いって……どうしたんだ?」
怪訝な遊馬の声で、我に返った。凌牙は急いで踵を返す。
「行くぜ、遊馬」
「ええ?だって帰り道はこっち……」
「いいから!」
赤いネクタイを引っ張り、強引に進路を変える。たたらを踏んで引きずられかけた遊馬は、さっきまで凌牙が見ていた方向に視線を飛ばし、あっと叫んだ。
「カイト!」
その声は人ごみの中でも大きく響いた。凌牙は舌打ちをする。重い足取りで背後を見やると、名前を呼ばれたその男もちょうど振り返ったところだった。
「九十九遊馬、貴様か。……確かそっちは……」
「……神代凌牙だ。この前は世話んなったな、ナンバーズハンター」
「………」
無感動な空色の瞳を強く見返す。わざと1歩前に踏み出し、遊馬を隠すように立った。
まさかこんなところで出くわすとは思わなかった。内心、凌牙はかなり焦っていた。この男は遊馬の持つナンバーズカードと皇の鍵を狙っている。彼の圧倒的なデュエルタクティクスは前回の一戦で思い知らされた。真っ当にぶつかれば、遊馬の勝てる確率はゼロに近い。もちろんデュエルは運にも左右されるし、プレイヤーのメンタルに寄るところも多い。一度遊馬に黒星を喫した凌牙は、絶対に遊馬が勝てないと言うつもりはないが、ほとんど絶望的なのは明らかだった。
(どうにかして遊馬を逃がさねえと……)
凌牙は静かに腹を括った。あの時とは違い今、凌牙の手元にはシャークドレイクがある。これを見せればカイトはきっと食いつくだろう。その隙に遊馬を逃がそうと決意を固めた凌牙だったが、遊馬はそんな彼を押しのけ、カイトに迫った。
「なあ!ハルトは?大丈夫だったのか!?」
「ッ……」
カイトの顔が痛みに歪んだ。
――ハルト?
聞き覚えのない名前に凌牙は戸惑った。遊馬は真剣な眼差しでカイトを見つめている。カイトはそれに耐えかねたように横を向いた。
「……貴様には関係のない話だ」
「関係ないわけないだろ!俺はハルトと約束したんだ、お前に会わせてやるって。なのに、みすみすあんな奴らに渡しちゃって……ハルトが倒れて……気にならないわけないだろ?なあ、ハルトに会いたいんだ。だから――」
「黙れッ!」
鋭い一喝が飛んだ。話の内容が掴めない凌牙でも息を呑む激しさだった。
荒々しい動作でカイトは背中を向ける。
「俺だって会えないものを、貴様なんぞに会わせられるか……!」
「え……ど、どういうことだよ、それ……」
問いかけに応えず、カイトは人ごみの中へ消えていった。彼の放つ拒絶の空気に気圧されて、二人は黙って見送った。
何事もなく済んで胸を撫で下ろした凌牙だが、一方で遊馬とのやり取りが気になった。
「おい……どういうことだ」
低い声音で事情を問い詰める。遊馬は躊躇う様子を見せたが、睨み据えると大人しく白状した。Wと一戦を構えたという段になっては凌牙も黙っていられず「どうして俺に知らせなかった!」と怒鳴りつけたが、連絡先を知らないと返されては何も言えなかった。
(ナンバーズハンター……天城カイト、か。ナンバーズを集めるのは、弟のためだったのか)
遊馬から聞いたカイトの事情は、凌牙の胸に波紋を投げかけた。
これまで彼には複雑な感情を向けていた。魂を狩られた件は自分の実力不足が原因であり、格別に恨みに思っているわけではない。むしろ、凌牙を圧倒した才覚には素直に賞賛と、ある種の憧憬を抱いた。いつか打ち負かしたいと決闘者としての血が騒ぐ。
だが、遊馬を狙っている件については、黙って見過ごすわけにいかなかった。
ナンバーズをかけたデュエルで負ければ魂を狩られる。恩人である遊馬がそんな目に遭うなど許容できなかったし、彼が大事にしている皇の鍵も守り抜きたいと思った。一度壊しているから尚更だ。贖罪の意味でも、カイトを遊馬から遠ざけたかった。
ところがカイト側の事情を知った凌牙の心の中に、同情心が芽生えた。
Wによって妹に重傷を負わせられた凌牙。Wの一味によって弟が大丈夫とは言い難い状況にあるカイト。偶然にも似たような境遇にあった。
(ナンバーズを集めれば弟の病気が治る……他人の魂を狩ってでもナンバーズを回収しようとする奴の気持ちは、分からなくもねえ……)
凌牙も妹のために進んで茨の道へ足を突っ込んでいる。あの事故をなかったことにできない以上、せめてそれを仕組んだ者を断罪せねば気が済まない。Wに復讐するためなら手を染めることだって厭わないつもりだ。
これまで得体の知れないナンバーズハンターとしか映らなかったカイトが、親近感を持って凌牙の胸に迫った。

偶然カイトと再会したのは数日後だった。場所は前回と変わらぬ街中だ。人ごみの中でもあの特徴的な金髪は目立つ。
「よお。また会ったな」
今日は遊馬は隣にいない。カイトは凌牙がナンバーズを持っていると知らないから、デュエルになることもないだろう。そうした安心感もあって声を掻けると、無感動な双眸が凌牙に向けられた。
「貴様か……なぜここにいる」
「どこにいようが俺の勝手だろ」
「この時間、学校ではないのか」
「見れば分かるだろ。サボリだ。つーか、テメェも学校はいいのかよ?」
「………」
返事はなかった。凌牙もさほど期待していない。ハートランドに飼われてナンバーズハントをしている彼が、拘束時間の長い学生生活を送っているとは考えにくかった。
「……甘いもの好きなのか?」
つい問いかけたのは、カイトが有名なドーナツ店の箱を提げていたからだ。
カイトは不快そうに渋面を浮かべた。
「なぜ俺に構う。この間のリベンジでも申し込むつもりか。あいにく俺は暇じゃない」
「今は俺もデュエルを申し込むつもりはねえよ。……そうか、弟の見舞いか」
ぽつりと呟くと、カイトは驚いて瞠目した。
「……なぜ……」
「わかったのかって?顔に出てんだよ。ナンバーズと弟のことには目の色を変えるんだな」
初対面の時、凌牙がナンバーズを持っていると言うなりカイトの様子はガラリと変わった。何事にも興味がないような面差しに生気が満ち、強い意志がこちらへ伝わってきた。先日の会話でも彼は、ハルトのことになると感情を露わにしていた。
「それに……俺もよく買って行ったからな。甘いものは得意じゃねえからどれが美味いのかなんて分からねえが、見舞いに持っていくと喜んでくれた」
病院では単調な味の料理しか出されない。手土産を持参して行くと、妹は手を叩いて歓声を上げた。
「………」
カイトが困惑している気配が伝わってきた。なぜこんな話を始めたのか解せないのだろう。凌牙も他人同然の相手に、込みいった事情を話すつもりはなかった。
「テメェのやってることは許されないことだが、俺は否定しねえよ。と言うか、できねえ。気持ちは分かるからな。……だが、遊馬だけは駄目だ。あいつに手を出すな」
強い口調で言い切ると、カイトの瞳に冷たい色が戻った。
「……ナンバーズを持つ者は全て敵だ。いずれ奴とも決着はつける」
「駄目だ。どうしてもって言うんなら、俺が相手になってやる。その時こそリベンジマッチといこうじゃねえか」
「貴様と闘う理由はない」
「俺にはあるんだよ」
同情しても、親近感を抱いても、これだけは譲れなかった。大切にすべきものを履き違えるつもりはない。
凌牙とカイトは強い眼差しで睨み合った。先に視線をそらしたのはカイトだ。凌牙相手にムキになる理由はない。背中を向けたカイトに凌牙も踵を返した。
「……待て」
呼び止める声が聞こえて、肩越しに顔を向けた。ドーナツの箱を抱えたカイトが、迷うように口を開いた。
「貴様……病気の家族でもいるのか」
「まあな。妹が入院してる」
「妹……」
無関心な空色の双眸が、揺れた。それを見て凌牙は思い出す。
「そう言えばテメェの弟、Wの兄弟にやられたんだったよな……。付け加えておくぜ。遊馬だけじゃねえ、Wにも手を出すな。アイツを叩きのめすのは俺だ」
自然と顔が険しくなるのが自分でも分かった。Wの名前を口にするだけで殺意にも似た憤怒が湧き起こる。
「どういうことだ?」
カイトが少し驚いた表情になった。抑えがたい感情に奥歯を噛み、凌牙は体ごと顔を背けた。
「テメェと同じだ。……妹を病院送りにしたのはWなんだよ」
平静にこの話題を出すのは無理だった。激しい怨嗟の念で胸が焼けそうになる。
これ以上口を開いたら無関係なカイトに当たってしまいそうで、凌牙は足早にその場を去った。その後姿をカイトの視線が追いかける。
人ごみにまぎれて見失うまで、カイトは凌牙の去った方角をじっと見つめていた。ハルトとナンバーズ以外に無関心な彼の面に、僅かだが感情が揺らいでいた。



っていうところから始まるカイ凌がほしい
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