こんな続きはいかが?2 | ナノ




最近、遊馬に避けられている気がする。
凌牙は密かに悩んでいた。
毎日のようにカードショップでデュエルを教える約束をしていたのに、ここのところ間遠になっている。最後にデュエルをしたのは1週間も前だ。こんなに期間が開くのは初めてだった。何度かメールを送ってみたが、用事が立て込んでいるらしく色よい返事はもらえなかった。何かあったのかと心配してもはぐらかされてしまう。
本当忙しいだけならいい。遊馬にだって言いたくないことのひとつやふたつ、あるだろう。ただ、デートに誘った翌日からというタイミングが引っかかった。
(デュエル以外の誘いをかけるのはまずかったかもな……)
喫茶店に寄らないかと誘った時、遊馬は満面の笑顔を浮かべて頷いてくれた。それが嬉しくて、柄にもなく舞い上がっていた自覚はある。隠していた想いが顔に出ていたのかもしれない。あの時の凌牙は珍しく饒舌だった。遊馬だって女の子だ。女子は感情の機微に聡い。普段と異なる様子から、凌牙の気持ちを察したというのは、あり得る話だった。
――俺と会いたくないのかもしれない。
そう思うと心が痛んだ。恋愛に発展する可能性のない関係だと分かっているが、改まって突きつけられると胸が苦しくなる。
「こんなことなら、もっと一緒にいりゃあよかったぜ……」
妹からの電話なんて無視すればよかった、と出来もしないことを考えてしまう。あれが最初で最後の遊馬とのデートなら、ゆっくりあの時間を楽しみたかった。また次もあると思っていたから妹のほうを優先した。今さら選択を間違えたのだと気付いても遅い。
このまま曖昧な態度を取られて、離れていくのだろうか。それは嫌だった。たとえ告白しても振られるだけだろうが、返事如何によっては友人関係まで終わりになるとは限らない。恋愛感情を抜きにしても、遊馬のことは好ましく思っている。裏表のない性格だけでなく、彼女のデュエルに光るものを感じていた。最初は酷いものだったが、最後まで諦めない心の強さで、みるみるうちに力をつけ、近ごろはマシなデュエルをするようになっている。時々、凌牙でも思いつかない手を繰り出してきて、ハッとさせられることもあった。
(遊馬はいいデュエリストになる)
大勢の決闘者を見てきた凌牙は、確かな予感を覚えた。恋愛のいざこざで遊馬を失うのはもったいないと思うくらい、彼女の将来を買っていた。
凌牙と付き合う気がないならそれでいい。初めに女としての遊馬を拒絶したのは凌牙だ。胸は痛むけれど、自業自得だと諦めるしかない。
だが決闘者としての遊馬まで失うのは惜しかった。
せめて一度会って話がしたい。そんな凌牙の思いが通じたのか、最後に会ってから1週間後の土曜日、遊馬が誘いに応じてくれた。集合はいつものカードショップだ。店の一番奥の席が凌牙の定位置だった。
「凌牙、久しぶりだな。今日は一人か?なら俺達と一緒にやらねえか」
「人を待ってるんだ。また今度な」
常連客からの誘い断ると、彼らは勘付いたようにニヤニヤと締まりのない笑みを浮かべた。
「ははーん。近ごろよく見るあの子と約束してるのか?デートかよ。いいなあ、羨ましいぜ」
「……放っておいてくれ」
どうやらこの店でも、凌牙の彼女だという誤解が広まっているようだ。頻繁に遊馬を連れてきていたから無理もない。凌牙は憂鬱な溜息をついた。
学校でもクラスメイトからすっかり彼女だと認識されている。特に遊馬の顔を知っている友人達からは、事あるごとに遊馬の名前を上げてからかわれた。だがここ数日、暇そうに放課後を潰している凌牙を見て何事か察したらしい。揶揄する声はめっきりと減り、心配そうにこちらを窺っていた。
(別れたか、喧嘩してるって思われてるんだろうな。実際はそのずっと前の段階なんだが……)
破局の危機とは違うが、ある意味似たような状況ではあるだろう。取るべき行動を間違えたら、おそらくきっと、遊馬との縁は切れる。それだけは避けたかった。
緊張を感じながら待っていると、店のドアが開いた。ハッとして顔を上げる。
「遊馬……」
現れたのは待ち望んでいた少女の姿だった。かすれた吐息で、1週間ぶりに会った彼女の名前を呟く。知らず息が詰まった。どんな顔をされるのか、何を言われるのかと腹に力が入った。
ところが予想に反し、凌牙を見つけてやって来た遊馬は、にっこりと満面の笑顔を浮かべた。
「凌牙、久しぶり!ずっと来れなくてごめんな。今日は一日空いてるから、いっぱいデュエルしようぜ!」
明るい調子に虚を衝かれ、凌牙は目を瞬かせた。
てっきり気まずい態度で目を逸らされると思っていた。しかし遊馬は、以前と変わらぬ笑顔で凌牙に手を振り、対面の椅子へ座った。
「前回、デッキバランスが悪いって言われたからな。魔法カードと罠カードの数をちょっと変えたんだ。実際にデュエルして確認したいんだけど、いい?」
「……あ、ああ。構わねえが……」
「よーし!今日こそ凌牙を負かすぞー!」
腕をまくって息巻く彼女の様子は、どうしてまったくいつも通りだった。
避けられ続けたこの1週間はなんだったのだろう。唖然と遊馬を見つめていると、遊馬は不思議そうに小首を傾げた。
「凌牙?ぼけっとしてどうしたんだよ。デュエルしないの?」
「いや……なんでもねえ」
ようやく我を取り戻し、広げていたカードを手元に集めた。互いのデッキを交換してシャッフルする。その間も頭は遊馬のことでいっぱいだ。
(どうして何も言わねえんだ。知んぷりを決め込むつもりなのか……それとも気付いてねえのか?)
あれこれ邪推しては遊馬の顔を窺った。凌牙はデュエルをしに来たのではない。気持ちがバレているのなら告白する腹積もりでここにいる。
ところが、予想外な遊馬の態度に拍子抜けして、迷いが生じた。
避けられていると思っていたのは凌牙の思い込みだったのかもしれない。遊馬を好きだからつい穿った見方をしてしまうけれど、彼女にしてみれば、ただ学校の友達と遊ぶことに忙しかっただけかもしれないではないか。
こちらの気持ちがバレているのかどうかハッキリしないものの、この状態が一番いいのだと凌牙は思い直した。
(告白してもしなくても、結果は変わらねえ。彼氏にはなれねえんだ。だったら……関係が後退しない分、黙ってるのが一番賢い選択か)
遊馬が気付いていない場合、告白するのは薮蛇だ。分かった上でそ知らぬ顔をしているのでも、凌牙は黙ってそれに乗っかるべきなのだ。ルールを破って恋をした凌牙に怒りの感情を向けているなら、遊馬がこんな態度を取るはずがない。少なくとも友達でいたいと思ってくれているのだろう。だから知らぬ存ぜぬを決め込む。
凌牙も願うところは同じだった。恋人になれなくても友達ではいたい。
「俺はモンスターを裏側守備表示でセット。カードを一枚伏せて、ターンエンド。……次、凌牙の番だぜ」
「ああ」
目線を向けられ、凌牙は目を細めて受け止めた。デュエルの時に向けられる真っ直ぐな眼差しを失いたくなかった。
「俺のターン、ドロー」
迷いが吹っ切れると、思考が一気にクリアになった。ようやく意識が手元のカードへ移る。
(もともと遊馬との出会いはデュエルだったんだ。下手なプレイングは見せられねえしな。気合入れねえと)
今回はどの戦略で迎え撃ってやろうかと、今ある手札に目を落として考える。凌牙は根っからの決闘好きだ。自然に気分が高揚していった。対戦相手が遊馬となれば尚更だ。突拍子もないことをやり出す彼女にデュエルを教えるのは、恋愛感情関係なく楽しかった。

その遊馬の様子がおかしいと気付いたのは、数ターンが経過してからだった。
いつもの遊馬は、伏せカードがあろうと構わずバトルを仕掛けてくる。あまりにも気にしないので度々苦言を呈していたが、彼女の気性なのか、なかなか改善されなかった。
ところが今日はなぜかバトルを手控える。凌牙の場にある伏せカードを警戒しているのかと思ったが違うようだ。猪突猛進とも言える勢いがない。一手一手に迷いが見える。まるで凌牙に近づくのを忌避しているようだった。
そんな状態で勝てるわけもなく、結果は凌牙の全勝だった。最初は白星を奪うと息巻いていた遊馬も、徐々に肩を落としていった。自分のプレイングに違和感を覚えたのだろう。四苦八苦している姿を見かねて、凌牙も途中から口を出したが、どうも心理的な抵抗からバトルに踏み出せないらしい。遊馬は終始闘いに消極的だった。
「どうしたんだよ。お前らしくねぇデュエルして」
「うん……」
すっかり煮詰まってしまった遊馬を連れて、凌牙は外にくり出した。気分転換させるつもりだった。駅裏は通行人も少ない。何か悩み事があるなら話しても差し支えのない場所だが、彼女の返事ははっきりしなかった。この1週間、電話した時の様子と同じだ。快活さがない。
(やっぱりバレてるのか……)
表面上は笑顔で覆い隠していても、デュエルに本心が出たのかもしれない。いずれにせよ、見えない壁を張られていることは確かだった。
「……俺には言えねえか」
低い声で呟いた。
悔しかった。凌牙のことか、全くの別件なのかは知らないが、悩みを抱えているのは明白だ。困らせているのなら善処するし、そうでないなら力になりたい。自力で解決しようとせず、頼ってほしかった。
「やる気のないデュエルするくらいなら、腹の中のもん吐き出せよ。案外どうにかなるかもしれねえぜ?」
「……サンキュ」
やっと遊馬が微笑を浮かべた。どこか泣きそうな表情だった。
「愚痴になっちゃうんだけど、聞いてもらっていいかな」
「でなきゃ言わねえよ」
「……それもそうだな」
遊馬は空に向かってひとつ大きく伸びをすると、上を向いたまま口を開いた。
「実は俺……失恋したんだ」
「……え……」
思いがけない言葉に息を呑んだ。
瞠目する凌牙に、遊馬は頼りない微笑を向けた。
「好きな人がいたんだけど、その人には彼女がいるみたいでさ。それでちょっと落ち込んでたんだ。ごめんな、心配かけて」
「いや……」
頭が真っ白になって、言葉が出てこなかった。
(好きなやつ……いたのか……)
衝撃だった。なんとなく、遊馬は恋愛から縁遠い人物だと思っていた。慰めの言葉をかけるべきなのだろうが、自分の動揺を押さえるので手一杯だった。
(ほとんど毎日、俺とデュエルしてたのに……?)
デュエルを教えるようになってから、遊馬の自由時間を一番独占していたのは凌牙だ。凌牙も多くの時間を遊馬に割いていたのだから間違いない。
しっくりこなかった。好きな人がいるなら、凌牙よりそちらを優先しそうなものだ。凌牙が焦らず構えてられたのも、近い位置にいるという安心感からだった。付き合うのを拒否されることは容易に想像ができても、まさか他に好きな男がいるなんて思わなかった。
しかし考えてみれば、二人は単なる友人関係ではない。デュエルを介した教師と生徒という一面が強い。デュエルを覚えたがっていた遊馬は恋愛より凌牙を優先し、その結果、好きな男に恋人ができて落ち込んでいる――そう考えれば辻褄が合った。近ごろ凌牙に会おうとしなかったのも、消極的なデュエルを見せたのも、凌牙を避けているわけではなく、失恋のショックに沈んでいただけだったのだ。
事情を把握して、凌牙は唇を噛んだ。告白などするまでもない。振り向いてくれる可能性は、いよいよ絶望的だ。
「それで……もう、大丈夫なのか?」
やっとそれだけ口にすると、遊馬の瞳が大きく揺れた。
「だ、大丈夫だよ!もういっぱい落ち込んだし!片想いなのは知ってたから、そこまでダメージもなかったし……」
無理に明るく振舞っているのがひしひしと伝わってくる。口元は笑みの形を作っているが、小さく震えていた。
やがて大きな目から涙が盛り上がり、ぽろり、と一粒零れた。
「あ、あれ?やだな。涙が勝手に……」
遊馬は急ぎ目元を押さえたが、逆側の目からもぽろぽろと涙が零れ落ちた。両手で拭っても溢れ出したものは止まらない。凌牙の目から隠すように背中を向けられた。
「ご、ごめっ……すぐ止むからっ……!」
「遊馬!」
黙っていられなかった。やや強引に肩を掴んでこちらを向かせると、涙に濡れた顔を自分の胸に押し付けた。
「!?……凌牙!?」
「いいから」
「ッ……」
くぐもった泣き声が聞こえた。最初は遠慮がちに体重を預けていた遊馬だが、取り繕う余裕がなくなったのだろう。泣き声を押しつぶすように、凌牙の胸に顔を埋めた。抱いた肩が忙しなく上下する。細く漏れ聞こえる嗚咽に、凌牙も唇を噛んだ。
(どこのどいつだ……遊馬を泣かせるなんて……!)
腹の底から憤りが湧き上った。凌牙が喉から手が出るほど欲しいものを持っておきながら、袖にした男に怒りが止まらない。遊馬の頭を撫でているのとは逆の手で拳を握った。
胸元を濡らす涙の量が、遊馬の悲しみの深さを物語っていた。それだけその人のことが好きだったのだろう。気持ちは痛いほど分かった。いっそのこと、俺を好きになれと叫びたかった。目の前の細い肩を力の限り抱きしめたい衝動に駆られる。
恋人になってくれるなら、絶対に泣かせない。遊馬には太陽のような笑顔がよく似合う。いつでも笑っていられるように、努力を惜しまないつもりだった。
(でも……言えるわけねえ)
他の男を想って泣いている遊馬に、気持ちを押し付けることなんてできなかった。
今はこの腕の中にいてくれるけれど、この温もりが凌牙のものになることはない。切ないほどに悔しかった。



続かないよ!
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