小夜小ネタかきかけ///

 目が覚めた時におもわずぼくは安堵の息をついた。よかった、と心の底から。

 まさかと笑われてしまうかもしれない。いつだってぼくは平常心でいようと努力してはいるし、たしかに、空気を読まないところがあると何度となく言われているとおり能天気なところもあるだろう。
 それでも、ぼくは帰って来れたことにおもわず深々と息を吐き出さずにはいられなかった。自分の部屋を見渡してから、そこが真っ白すぎるほどに真っ白な部屋でもなく、殺風景すぎる部屋でもなく、間違いなく見慣れている自分の部屋であることを改めて確認する。だれかが部屋にいるようなこともなく、眠っていた自分しかここにはいなかった。外からはすでに目覚めたらしい鳥の声が聞こえてくるくらい。
 鳥の声がすることにこんなにほっとすることがあるとは思わなかった。目覚まし時計がなるより少し早い時間だったから、じりりとなり始めた目覚ましを静かにさせる。のろりとベッドから抜け出して身支度を整える。
 こんな日常のなかでも取るに足らない日常が送れることにどこか違和感を覚えてしまう。けれどなんど見たところで、この少し雑多な部屋は自分の部屋でしかなかった。何度目かともわからない言い知れぬ不安に「もう終わったことだから」と言い聞かせる。

 ……それでも。あの時感じた痛みのことは忘れていない。扉を叩いたときに感触も、なにもかもが本物だった。からだにはなんの異変も残ってはいなかったが、それが不気味なほど、リアルな夢だった。そう、夢だったのだあれは。誰がどう聞いたところで、眠っているあいだに経験した実体のない出来事にすぎない。ファンタジーやオカルトでなければならない事象にすぎない。バカバカしいと一笑されるのがオチなのである。
 それが、ごく普通の世界に生きている人間なのであれば。

 職場についたら、報告しなければならないことができてしまった。眠っているあいだの出来事なんて誰に言ったところで嫌な夢をみたね、と笑われるのがオチかもしれない。それでも、ぼくはこのことを伝えないといけない。

「…… なるほど、夢の中の出来事ですか」

 僕以外に部屋の主しかいないその場所は、職場の一番上の方にある一室だ。僕も時折訪れるこの場所で、立派な机の向こう側で座っている人物はただ一人しかいない。
 支部長、赤井リサ。
 この建物の中で一番偉い人物にわざわざこんなふざけた話をするのは、それが仕事だからだ。

「はい。この間もそういった事件がありましたよね?」
「えぇ。そちらのほうはどうにかなったようですが… 貴方の遭遇したそちらはどうですか?」
「おそらく、片付いたと認識していいかと思いたいのですが… 何分、自分が脱出することで手一杯で」
「そうですね、異常事象の一つですから… まずはあなたが今回も無事に生きて帰れたことを喜ぶべきでしょう」
「後ほど、また報告書にまとめて提出しておきます」
「えぇ、そうしてください。睡眠中に発生する異常事象についてはアーディに任せていますから彼女に報告を」
「わかりました」

 では、と僕が部屋をでる。支部長はまた忙しそうに別のところからかかってきた内線にでながら口元だけで微笑んで見送ってくれた。
 部屋を出るとちょうど資料を持った赤い髪の青年とばったりと会う。少し疲れた顔をしたように見えるのは気のせいじゃないだろう。彼も僕らと同じ調査員と言ってしまえばそうなのだし。

「神崎? なんかあったの?」
「うん、ちょっとね。なんて言うんだろう、ちょっとした事件かな」
「キミも多いね。まぁ、うちのエージェントなんて殆どそんなもんか…」
「不思議と多いしね」
「そういうのに遭遇しやすい人がここに集まってるのか、ここにくると遭遇しやすくなるのか… ここが疑問なところだけど。まぁ、怪我とかはなかったんだろ?」
「うん。夢の中だったからね」
「ゆめ?また夢の中の事件?」
「そう、また夢の中の出来事だよ」
「…そっか」

 まぁ、怪我がなくてよかったよ、と彼は… もみじは言った。彼がため息をついたのは、夢の中の出来事だと情報を集めにくいからだろう。対応策を練ろうにも、発生源を探ろうにも、何をしようにも夢の中ではろくな痕跡が残らない。
 夢の中で殺されてそのまま目が覚めなくなったところで、世間からすれば突然死としか思ってもらえないだろう。あるいは、ちょっとした変死にあるか。とにかく、そこにだれかが関与したなどとこれっぽっちも思えないことだろう。それでも、僕たちは解決策を探さなければならない。あるいは、そうして次不幸をかぶるかもしれないだれかを助けに行かなければならない。
 夢というのはそういう点で非常に不都合なのだ。こうして夢をみたとだれかが言わなければ表に出てくることがない。目撃者に乏しい。一体何が原因で、誰が巻き込まれてどうしてこんなことがあるのかの解明など夢のまた夢といってもいいくらいだ。

「たしかにいたんだ…だれかがあれを仕組んでいた」

「にわかに信じがたいことだが…」

「僕はその正体を突き止めなければならない」

「それが仕事であり、僕の使命だから」


mae//tugi
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