(ああ、結局こうなるのか。)
冷たい地面に横たわりながら自らに呆れた。
どうにか空を見上げようと仰向けになると、幾分か体が楽になった。片腕をなくしたせいで、違和感は拭えないが。
夜の帳もおりて、星がちらちらと瞬いている……はずだ、とただ暗いだけの夜空を見上げる。
視界はすっかりと霞んでしまって、一等星はおろか月さえ目視できなかった。目が殆ど見えなくなった事実を改めて確認して、急に虚しさが募り出した。
(碌でもないことばっかりだったなぁ)
することもなく、道に転がったまま思いを馳せる。
例えば姉に水責め相当な仕打ちを受けた数時間前のことだったり。父に容赦なく手打ちにされた少し前のことだったり。動けない自分の目の前に食事をぶちまけて食べるように強制したことだったり。
次から次に思い返される内容はどれも辛いとしか言い様がないものだらけ。よく耐えていたとどこか他人事に考えていた。
ふいに痛む腹へ残された右手を這わせる。ぬめりとした感触があるそこだけが温かい。左手はとっくに冷え切ったことだろう。右足も。動かない左足のつま先の感覚がもはやないのだから。
それでも裸足のつま先から微かにわかる土の感触。
こんな体でもまだ生きているのかとため息をこぼす。
きっと、随分と汚い格好をしているのだろうな、と思いながら。
だが、土がついて汚れた衣服を洗うことはもうないだろう。
そもそも、もはや誰かに会うこともないのだろう。
とくとくとぬるいものが体のあちこちから滲み出していく。
普通の人間よりは頑丈とはいえ、ふさがりきらない傷口から、体温は奪われていく。
とっくに閉じていた瞼の裏で、ゆっくりと意識がどこか遠くへ向かって降下してゆく。
もう目を覚ますこともないのかもしれないな、と最後まで他人事に考えている自分がいて、それがまた嫌になる。
(なんのためにいきてたんだか)
もう考えるのはよそう。
今更、過去を振り返ろうと、これから先を思い描こうと、自分には関係のないことなのだ、と。
そう言い聞かせながらも湧き上がるのは後悔の二文字と。
(ほんとうは、
もっとしたいことがたくさんあった、ような
いまさら、おそいですね)
ふと、目のまえに現れた人が。
もう一度だけ会いたいと想う人が、こちらを向いて微笑んだ。
……あ。よかった。こんなところにいたんですね。
え?ぼくですか?
ええっと、なにかかんがえていたのですが…わすれてしまいました。
きっとたいしたことじゃないんですよ。
そんなことより、きいてください。
ぼく、あなたにはなしたいことがたくさんあって。
それから、あなたといきたいところも、したいことも、たくさん、
ほうほうとふくろうが鳴いている。
この山に住んでいるのかと明一郎は少し気になった。
その横で、燈璃が足元の塊を軽く足で押していた。
なんの反応もないそれに燈璃はつまらなさそうに背を向ける。
去っていく後ろ姿を見送った明一郎が足元を見下ろした。
無言でその顔をしばらく見て、こちらもまたつまらなさそうに羽織を翻す。
そして残された彼だけが、どこか幸せそうに目を閉じていたのだった。
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真っ暗では、その頬がなんで濡れているのかもみえませんね。
彼はもう少し、自分のことを顧みるべきでした。ただそれだけの話です。
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