願っても帰ってこない

「………」

カッとなって飛び出して来た為ただ目的もないままに歩き続ける。必死だった。ロードの事情を聴いて、異世界に帰るときが来ることも知って焦っていた。自分という存在をロードの中に少しでも残しておきたくて。だから形あるものを渡そうと朝から探し回った結果がこれだ
漸く見付けた品物は今までに見たことないくらい上出来なもので、これをあげたらロードは喜んでくれる。弾む気持ちを押さえることができず早く渡そうと家に急ぐ途中、巨体の男にぶつかった。その衝撃で手からこぼれ落ちる指輪。気付いたときにはすでに男の手の内にあって。その上一つだけでなく、ロードに貰った大切な指輪さえも男に盗られていた

「返せよ」

おれからそれらを盗むとそそくさにその場から離れていく男に殺意がわいた。久しぶりの感覚に小さく笑みをこぼす。ロードが見たら幻滅するだろうか、それでも取り返さないといけないんだ。起き上がり男の後を追う。逃げ足の遅いやつだったようですぐに追い付くことができた
後は穏便に…
しかしそれは叶わぬことで。ここが地下街だということを忘れていたわけではないのに、穏便になんて言葉が通用しない世界だってことは重々承知していたのに。おれへと向けられた刃物に目を見張った
結局こうなるのだと。ならば昔のように、一人で生きていたときのように力で分からせよう。傷をつけてびびらすだけだ、どうってことない。簡単なことだと思っていた

「………」

目の前に広がる赤アカあか
やってしまったのだと他人事のようにぼんやりと考えた。なんだ人って案外あっさりと動かなくなるもんだな
おれ達はこんなに呆気ない生物なのか、それが人間なのか…。笑いが込み上げてくる、おれもその人間の一人なのだと

あの時ロードが来てくれなかったらおれはどうなっていたのだろう。自分を見失いかけていた、狂い始めるところだった。だから今の自分があるのは紛れもないロードのお陰であって、感謝こそすれど怒りの矛先を向けることはあってはならない

「はぁ…」

どうしてうまくいかないんだ。ロードがああいう言い方をする人間だなんて分かりきっていることで。言葉はきついもののそれらはすべておれを思って言ってくれている。分かっていたのに忘れていた

今なら許してくれるだろうか…

考えていても仕方がない。すぐに謝ろう、そしてあの指輪をちゃんと渡そう。元来た方へと駆ける。ロードに謝罪と感謝を述べる為に





「ロード?」

ぎぃと壊れそうな音をたてて開いた扉に違和感を感じた。ほとんどの家ではそうかもしれないがこの場所だけは外観はどうであれ室内は外からは想像できないほど綺麗だったから
なら、おれは帰る家を間違えたのだろうか。目の前に広がる光景は綺麗なんて言葉とはほど遠いいほどボロボロの部屋。生活感など何もない、周りの空き家と何ら変わりないそれに頭が混乱する。けれど、足元に転がるリングがこの家がおれとロードの住まう家だと言うことを小さく主張した

「…ロード」

ポツリと呟いた名前。そうだ、早く会わなければ。謝りたい、それから渡したいものだってあるんだ。投げつけてしまったリングを拾い上げ呼び掛ける。しかしいくら呼んでも返事がない
どこにいるのだろう…
不思議に感じながら家の中を探してもどこにもいない

「なぁ、どこいったんだよ」

アイツのことだ、おれを探しになんてことはないだろう。もしそうだとしてもおれの気配を察してすぐに見つけてくれるはず。ならば、どこへ…

「ロード、…ロードっ!」

虚しくおれの声だけが部屋中に響き渡る。見捨てられた、そんな不安が徐々に押し寄せてきて目頭が暑くなった。いつも一人になると思考回路があらぬ方向へと行ってしまう、おれの悪い癖だ。その度にロードを困らせてしまって"捨てるわけないだろ"と安心させてくれる。だからアイツがおれを捨てるはずがないと言い聞かせる。なら、何処へ行った?

「……っ」

一つの答えに行きつく。それはあってはならないことで望んでいないことで

「そんな、わけが…ねぇだろ」

けれどもその言葉がこびりついたように頭から離れない。静寂が支配する部屋のなか、おれの思考回路は可笑しくなる一方で

"おれはおれが存在する限りお前の面倒を見てやる"

曖昧に放った言葉はこの事をすでに分かっていたからなのだろうか。分からなかったのは俺一人。ただ隣に人がいてくれる嬉しさをはじめて感じたのは真実で、その時からおれはロードといられる喜びから抜け出すことが出来なかった

"おれが消えそうになっても泣くんじゃねぇぞ"
"当たり前だろ。逆にロードが泣くくらい清々しい笑顔で送ってやる"

そんなやり取りをつい最近したような気がする。ロードが安心して向こうに帰れるように、おれ一人で出来ると分からせるために。笑顔で送って、やろうって…

「……っふ、ぅ」

なのに、なのに…
おれはロードに何をした。感情任せに理不尽な言葉を並べ、八つ当たりをししまいには伸ばされた手を払い除けてしまった。なぁ、あの時ロードの手をとっていたらお前がいなくなることはなかったのか?素直に自分の否を認めていればこんなことにならずにすんだのか?込み上げてくるのは後悔の二文字で。どう足掻いても届かない場所へ行ってしまったロードに何も返すことが出来なかった不甲斐ない自分に腹がたった

「…………」

ぽたりぽたり
目からこぼれ落ちる滴が床を濡らしていくもこれを拭ってくれる人はもういない。温もりを、優しさを与えてくれた人はもうどこにもいない
全てが一瞬で終わってしまった、一瞬で無に帰ってしまった

「ご、めんな…さい」

謝罪の言葉を紡ぐ。意味のないことだと理解していながらそれでも止めることをしないのはそこに何らかの希望を残していたからに違いない。ロードがその扉から呆れた顔をして入ってくる可能性を。しかし世界は残酷で、いくら泣いたところで待ったところでロードを返してくれることはない
大切なものが全て奪われてしまった。自分がとった下らない行動によって、馬鹿げた言葉によって何もかもなくなてしまった

「…う、わあぁぁぁっ、ふっく、ぅ…ロード、ロード!!」

もう会えない
突きつけられた現実に大粒の涙を落としながら大きな声を上げて泣いた





(ごめんなさいごめんなさい)
(もう我が儘など言わないから、ロードの言うことなんでも聞くから。文句など言わないからだから、だから)
(戻ってきて……っ)


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