美しくも残酷な世界

楽しく響き渡る声は生意気いいながらも嬉しそうに笑う笑顔はここにない。あるのは投げられた二つのリング、そして目の前に淡くそれでも存在を大きく主張している青白い光
狙ったようなタイミングで現れた光を睨むも変わりやしない。あれだけ待ち望んでいたはずなのに素直に喜べない、それどころか…







なにも変わらぬ朝。光は指してこないものの体内時計というのはしっかりしているもので自然と目を覚ました。しんと静まり返る室内、ベッドの方へ目をやるもそこはもぬけの殻で無造作に捲られたシーツだけがそこにあった
朝の気配はこいつか。恐らくリヴァイがおれに気付かれないよう音を立てず出ていったのだろう。一体何を考えているのか、アイツの脳内は理解できない
一つ欠伸を漏らしてから寝ていたソファから起き上がり、朝飯を用意する。珈琲にパン。こちらにきて定着したメニュー。始めは抵抗があったもののここまでくれば味にもなれる。米がない今腹を満たすことができるのは肉かパンくらいだろう

今日は家でゆっくりしておこうか。片付けを終え一息ついた頃に本棚へと移動する。ほとんど読み終えてしまったが後数冊、手をつけていないものがある。それらを引っ張り出しテーブルの上に置くと頁を捲る。今日中にすべて読み終えよう、そう決めて読むことに集中した




「……遅い」

どれだけの時間がたったのだろうか。最後の一冊を読み終え凝った首を回しながら扉の方へと目を向ける。帰ってくると思われたリヴァイは今だ姿を現さない。まさか、また…なんて考えが頭を過ったがそれをすぐ否定する。あいつはあの頃より強くなった、小刀だって持たせている。だから捕まることはないだろう…

「………」

放っておけばいいのにそれを許さない自分に呆れる。愛刀を持ち、外へ出るといつもの光景が目の前に広がった、しかし何処かおかしい
何がかは分からないが何処か違和感を感じた。だが、そんなことより今はリヴァイだ
気配を探り微かに感じる方へと急かすように足を動かした。それは別の人間の気配も感じたから。リヴァイよりも弱々しい、今にも消え入りそうな気配を
何かがあったことは明確で早く行かなくては、言い表せないような焦燥感に駆り立てられながらもたどり着いた場所に目をはった

「…リヴァイ」

「ロード……」

ゆっくりとおれを写したリヴァイの瞳は虚ろでしかし、口元は歪んでいた
充満する独特の匂い、鼻をさすそれは床に転がっている死体から流れる血の匂い。状況はいやでも理解できた。リヴァイの手に収まっている血のついた小刀と足元に転がる死体。殺したのだ、リヴァイが

「…行くぞ」

「…ん、」

取り合えず此処から離れよう、不愉快だ。今だ呆然と立ち尽くすリヴァイの手を取り家へと続く道を進む
どうしてこうなった。ぐるぐると思考が回り続ける。そんな中感じたのはリヴァイが人を殺したことへの悲しみや驚きではなく、怒りで。お互い一言も言葉を発することなく家へとつき、中にはいると同時に大きな音を立て扉を閉めた

「…どういうことだ」

「…っ」

内に沸き上がる怒りを隠すことができず思った以上に低い声が室内に響く。本当は人を殺したところでどうでもいい。おれも人を殺す、彼方でも子供が人を殺すなど普通にあることだ
それでもリヴァイの行為に怒りを覚えたのは、おれと同じ道を歩んでほしくなかったからで。こいつは昔のおれと似すぎている。何もかも…
それ故に手を染めてほしくなかった。盗みをしようが人を殴ろうがそれは構わない。ただ殺しだけは何があっても避けたかった

「リヴァイ」

「………」

「何故おれを呼ばない。テメェ一人でどうにかなると思ってたのか?」

「、どうにかなっただろ」

「どこをどう見たらそうなる」

「おれは生きてる。おれが欲しかったものも手に入った…。それを邪魔してきたのがあいつらで」

「だから殺したってのか」

くだらねぇ
率直に出てきた感想はそれで。どうでもいい、子供染みた…いや子供のお遊び程度であいつらは死んでいったのか。可笑しすぎて同情する

「…もう無駄な殺生はするな、分かったか」

「…なんで」

「…………」

「なんで人を殺すことが許されねぇんだ。あいつらがおれを殺そうとしたのがわりぃんじゃねぇか。…おれが弱いからか?だから駄目なのか?」

俯けていた顔を上げおれを見るリヴァイの瞳はギラついていて、今までの彼から考えられないほどの殺気に満ちていた。何故?理由なんかいらねぇだろ。やってはならないことだからやるなといっているだけで他に理由なんてない

「ロードだって…」

「おれはお前と違う。今までの経験も何もかも、お前と一緒にするな」

「おれだって覚悟はしていた。相手に対峙するとき、鋒を向けるのは自分も死ぬことを覚悟していかなきゃダメだって。だから…」

ふるふると震えながらも、眼に涙を溜めながらも想いをぶつけてくる。しかし今のおれにそんなことは関係ない。覚悟?こいつが死ぬ覚悟でもしていたというのか?
フフッ、笑わせてくれる。おれはこういうやつが一番嫌いだ、虫酸が走る
そんなお飾りみたいな覚悟なんざいらねぇ。それはただ自分を正当化するための言い訳にすぎない

「お前みたいな餓鬼が死ぬ覚悟だと?…ふざけるな」

「……っ」

「それは覚悟なんかじゃねェ。ただ人を殺した事実から逃げるための言い訳だ。お前はただ逃げてるだけ。…分かったならさっさと着替えてこい愚図野郎」

早く行けと目で訴えるも目の前の餓鬼はただ唇を強く噛み締めるだけ。死闘の際につけられたのだろう頬の傷を見て手当てしてやらないとと手を伸ばすがそれはパシリと乾いた音、小さな痛みによって叶わなかった

「結局、みんな同じだ。誰もおれのことなんか分かってくれねェ!自分のことばかりでおれの考えなんて聞き入れてくれねぇんだ!!」

叫ぶように吐き出された言葉に顔をしかめる。分かってもらってないだと?何をどうしたらそういう考えに至る、脳内を解剖してみてやりたいものだ。するとリヴァイはおれに何かを投げつけた後勢いよく扉の外へと走り去っていった。
コロリと音を立てながら床に墜ちたのはおれが以前彼のあげた指輪とそれに似たもう一つの指輪

「………」

そういえば何か欲しいものはないか、前あいつからそう聞かれたのを覚えている。その時は適当にお前にあれをやったから新しいリングでも欲しいななどと返した気がする。それを真に受けてたのか…


―ゆらり

視界の隅で微かに揺れた青。視線を動かすとそれは彼方の世界と此処とを唯一繋ぐ光。迷いはないはずだ。はっきりしている。本来おれがいきるべき世界も歩むべき道も、全てを懸けて掴もうとする夢も共いる大切な仲間の存在も
そうだから。だからこれは、待ちわびていた瞬間以外の何物でもない。ただ一つだけ。笑っていってくると言えないもどかしさだけが心残り。しかし、それもとるに足らないことだと、おれは小さく自嘲した

「………」

ここにきて1年と数ヵ月。振り返ってみれば長いようで一瞬の出来事ばかりで、それらは全てがアイツのせい。警戒心を剥き出しにしていたくせにころっと変わったように甘えてきて。おれがいないと一瞬で崩れてしまうようなそんな脆い存在
帰ってきたアイツはどんな顔をするだろう…、一人彼の泣く姿を浮かべ笑った。もう少しだけ時間をくれないだろうかと願うも光は受け入れてくれず徐々にその丸みを小さくしていく。突如としてリアリティーを帯びる空間に目を閉じた。当時の思い出が走馬灯のように駆け巡る

「ごめんな」

意味のない謝罪を口にし光へと手を伸ばした



(ボロボロの部屋に人の姿はない)
(あるのは床に転がる二つのリング)



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