「ロード」
「………」
「ロード、…おぃ!」
「…………」
「……ロードロードロード」
「(イライライライラ)」
幾つか理解できる本を棚から見つけ静かな空間でそれらを読みたかった。なのになんだ、この餓鬼は
構ってくれとばかりにおれの名を呼び、軽く流すと今度は名前を連呼しまいには背中にへばりついてきた
邪魔、果てしなく鬱陶しい。これが餓鬼じゃなかったら殺しているところだ
「リヴァイ、大人しくしてろ」
「暇だヒマだひまだ、相手しろ」
「………」
この餓鬼、昨日の今日で変わりすぎだ。警戒心剥き出しだった野良猫が豹変したように甘えてくる
こいつのなかで何があったというんだ。本当、子供の考えることなどおれには理解できない
パタリと本を閉じ今だ構えと言っているリヴァイを抱き上げ膝の上に乗せる。これで少しは大人しくなるだろう
「…もう読み終わったのか?」
「まだに決まってんだろクソガキ。お前が五月蝿いからだ」
「仕方ねぇだろ、暇なんだから」
おれが読んでいた本を手に取り開いては閉じ開いては閉じを繰り返す。末期だなこれは
そんなリヴァイの様子を伺っていると本の隅に書かれているある文字に目が止まった。小さく見落としてしまいそうなそれにリヴァイを止め目を細めた。見たことがある、いや誰しもが知る刻まれた名に目を見開く
「シルバーズ・レイリー」
「?レイリー??」
海賊王ゴール・D・ロジャーの右腕、生きているうちに一度は聞く名。ならばこの本の所有者はレイリーなのだろう、あの人もここにきたというのか
ここはあの人が身を寄せていた場所?
意外な事実に頭が付いていかない
突然考え込むおれを不思議に思ったのかリヴァイがぺちりと頬を叩いてきた
「このレイリーってやつがどうかしたのか?」
「まァ、な。…リヴァイ」
「ん?」
「暇ならここの掃除でもしといちゃくれないか?」
「そうじ?なんだそれ」
「この家を綺麗にするんだ。あっこの雑巾濡らして棚とか拭いとけ。…それが出来たらお前の相手してやる」
「っ!!分かった!!」
おれの言葉を真に受けたリヴァイは雑巾を濡らしに洗面台へとかけていった。蛇口から水が流れる音だけが家中に響き渡るなかおれの意識はやはり先程の書物で。その名の上を指でなぞった
あのレイリーは今はシャボンディ諸島でコーティング屋として生きていると聞く、ならばここにき、また彼方に戻ったということか…
じっと考え込む中、目に留まった走り書きの文字。よく馴染みのあるそれに目を走らした
ー青白い光は突然現れる。私をここに導いたときと同じ…
それは今日なのか、明日なのか…はたまた一年後なのか。私の目の前に漂うこの光はここに来て五年の今日姿を見せ、私を彼方へ戻そうとしている
私は再びあの海の広がる世界へと帰るだろう
「…五年、か」
あの人はここで五年という長い月日を過ごしたのか。いつ現れるか分からないあの光…
今なら心置きなく帰ることができるはず、ここに未練などたった一日ならばあるはずもなくて。しかし、気がかりなことが一つ、それは…
「ロードっ!!ここを拭けばいいのか?」
「そうだ。ちゃんとやれよ」
「嘗めんな」
リヴァイ。あいつだ
昨日の夜離れないよう強く強く抱きついてきたあいつの中にある様々な恐怖を感じとることができた。捨てられるかもしれない、そんな恐怖を
いつかおれはあいつのもとから去る、それがいつになるかは分からないが
認めたくないが認めざるを得ない、おれはあいつのことが心配らしい
気紛れで拾った餓鬼をここまで心配するなんざ、おれは本当に変わったようだ
ほんのすこし、あの広大な海が恋しいとか、らしくないことを思った
(ここで五年なんて)
(海賊としてではなく人としてあんたのことを尊敬するよ、冥王)