不確定な存在はいつか

「ふぁ……」


パンクハザードを出発しドレスローザヘ向かう途中の海での夜。麦わらの一味が寝静まった頃手伝いという形で俺は見張り台で一人大きく欠伸を洩らした。それはここ最近の出来事が原因で俺は心配し過ぎて可笑しくなりそうなくらいのことで。その原因の人物は下でゆっくり眠っていると助かるのだけれど…

「………はぁ」

毛布にくるまり小さく吐いた息は水飛沫の轟音に紛れ吸い込まれていく。このしんと静まり返った空間で引っ掻き回された心臓の鼓動ばかりがやけに煩い。それは先日のこと。自らの計画のためだとはいえ俺になにも言わず自分の心臓を賭けの相手に渡した船長。今は無事取り返したが一時はどうなることかと…
下手に動けば握りつぶされかねない、そんな状況下でローさんの手助けをしたのは俺ではなく海軍の人間、そして麦わらの一味。俺はただ皆が動きやすいように行動したにすぎない。ローさんとこのクルーであるにも関わらず彼一人助けられない自分に腹がたった。ここ2年で増えた身体の傷は一体何のためだったのか。吐き出すことの出来ない苛立ちに唇を噛めばじわりと血が滲んだ

「…おぃ」

いつまでそうしていたのだろう。不意にかけられた呼び声に顔をあげるとそこには欠伸を噛み殺しながら俺を見下ろしているローさん。いつの間に登ってきたんだ?浮かび上がった疑問に首を傾げたが寄せろと言った彼にその思考を追求はしなかった。大人しく彼の指示に従うと、隣に座ったローさんは寄り掛かるように全てを俺に預け目を閉じる。そして、ポツリポツリと言葉を零した

「漸く落ち着けるな」

「…はい」

「お前とこうやってまともに会話するのはあの時以来だ。…俺を待たせるな」

「すみません」

ローさんの肩に毛布をかけてやりながら呟かれる言葉を聞き逃すことなく拾っていく。そう、ローさんと話すのは2年ぶり。俺が修行のためと一人船から離れ、恩人であり師でもあるミホークさんのもとへ行っていたのだから2年間会っていないこととなる
始めは名残惜しかったものの、強くなる為だと会いたくなる気持ちを押さえ修練に励んだことを覚えている

「会いに来るのが、遅すぎだ。2年間、何処で何していた」

ゆるりと俺を見るローさんに、気まずくなり視線を泳がす。、自分の過去との決着をつける為なんてこの人に話す必要などないと判断し曖昧に笑って見せた。それはローさんが俺に甘いことを知っている上の行動で、こうすればこの人は深く追求してこない。俺が話したくないことを無理に聞くような人ではないのだから

こてりと俺の肩に頭を乗せる。じわりと伝わってくる体温がローさんが生きていることを実感させてくれた。そして、俺自身もまだ生きているのだと…

「ローさん」

「ん?」

「…もうあんな無茶はしないでください」

一瞬でも貴方が敵に主導権を握られるなどらしくない。そんなところ、俺は見たくないんだ
普通に口にした言葉は思いの外震えうまく伝わったかは分からない、しかしフフッと小さく笑うところからこの言葉はローさんに届いたようだ

「あれは俺独自の判断だ。お前が気負う必要はねェ」

「でも…」

「必要ないと言った。それ以上深入りするなよ?」

「……」

有無を言わせぬ物言いに頷くことしかできなかった。納得いっているわけがない、それでもローさんが俺の事を追求してこないように俺も同じ、一定の距離を保っていなければならない
黙り混んだ俺を見てローさんは何を思ったのか、預けていた体を離し目の前に移動すると今度は俺の首に腕を回し身体を更に密着させた。それはまるで離さないと言っているようで…
突然の行動に驚きつつも空いている手を彼の背に回した

「俺は生きている。それでいいだろ」

「……はい」

重なった心臓の鼓動がお互いの心に伝わる。"生きている"当たり前であって当たり前ではないことに今までにない喜びを感じた

「それよりもおまえだ、アルス」

「俺?」

唐突に振られた俺の話題。首もとに埋めていた顔を上げ、ローさんは三割ましになった眉間の皺を隠すことなく睨む。何かしただろうか、検討もつかず考え込む俺にローさんは小さくため息をつき先程の血の滲んだ唇をペロリと舐めた

「心配した」

「え、」

「お前の過去を知った今、今まで感じたことのない不安が俺を犯し続ける。不安定な存在のお前が俺を置いていくのではないのかと変な仮定ばかりが頭を支配する」

いつもの凛とした眼差しはどこへいったのか、今のローさんに死の外科医としての恐怖や畏怖は感じられない。見えない不安に揺れる瞳にいつもと変わらぬ雰囲気から微かに感じ取れる怯えに抱き締める力を強くした。そうだ、今の俺はいつ消えてもおかしくない。何時かなんて自分自身分からない、しかしこの世界の理に抗えない以上必ず俺は消えるだろう…、この人を置いて

「この2年、そればかり考えていた。もう戻ってこないのではなんて俺らしくないことさえ過ったこともある。それ故にお前の姿を見たとき、酷く…安心した」

「………」

「もう、…俺のもとから、離れるな」

そう言って重ねられた唇。今ローさんがどんな思いを抱えているのか、全てが伝わってきているような気がして。離したくない、ただがむしゃらに彼を求めるよう重ねられただけの口付けを深いものへと変えた。薄く開かれたローさんの唇へ舌を差し入れ口内を蹂躙する。抵抗することなく俺に身を任せてくれているローさんに嬉しくなりただただこの身に彼の存在を刻み付ける。この温もりを忘れぬように…、俺を忘れさせないように

「っ…は、ぁ」

「ローさん」

「…た、りねェよ。アルス」

「………」

「離れていた2年間分。それと不安に振り回される心臓に、俺自身に証明しろ。お前がここにいると、俺の隣にいると…」

告げられたローさんの精一杯の思いに涙が溢れそうになる。俺はこんなにも愛されているのだと
何れは消滅してしまうこの身。離れたくなくても離れてしまうのならば、今を大切に生きよう。この人が、悲しんでしまうことになるとしても…
傍にいる。その事を忘れてしまわないように。再び重ねた唇は何処か甘く少し涙の味がした



(いつか訪れる時まで)
(俺は貴方の傍を二度と離れない)



back

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -