「はぁ、これで3徹目、まだまだ仕事は山のよう……はぁ」

重い溜息をついてしまうのは仕方がない。シンドリアの政務官を務めている以上仕事が溜まる事など簡単に予想できた。…シンドバッド王がなんども抜け出す事さえなければ問題ないのだがいかせん捕まえてしょっ引いても懲りない王である。今日もまた我々の目を盗んで街に繰り出したそうで。どうしようもない王に頭を抱えるしかなかった

「ジャーファル」

不意にかけられた声にはっと顔を上げればお疲れさんと笑うシンの兄上…名前様が立っていた。扉を叩く音にも気づかないなんて、よほど疲れているのか。

「名前様、どうかされましたか?」
「いや、…少し話をしないか?」
「すみませんが、今はまだ仕事が立て込んでまして…」
「………」

せっかくのお誘いだが明日必要な書類を終わらせなければ。しかし名前様は何を思ったのか私の机に積まれている書類の山から1枚取り出すと一通り目を通し軽く頷いた

「これなら俺にも出来そうだ。重要なものはジャーファルが、あとは俺が手伝えばなんとかなるだろ」
「えっ?!、いや…王の親族に我々の仕事をしていただくわけには…」
「その王が原因でこんなに溜まってんだろ?な?」
「…返す言葉がございません」
「決まりだな!悪いがジャーファルを借りてくぞ!お前達も身体を壊さない程度に頑張れよ。仕事も大事だが、何よりお前達の体が心配だ」

ふふっ、やはりそこは兄弟。民を大切に思う気持ちが同じだと掛ける言葉も似てくるもので。心遣いに感謝したい。屈託のない笑みで励ましの言葉を紡ぐ名前様に皆が死んでいた目にもう一度炎を灯し仕事に取りかかった。私はそんな部下達を背に名前様を追う。大きな背中、いつも大らかでいて自身に対する侮辱でも怒ることなく仕方がないと一笑する。そんな器の大きい人だからこそ、安心してそばに居られるのだ

「…ありがとうございます」
「?」

私の紡いだ感謝の言葉に名前様は足を止めて振り返ると何がと言いたそうに小首を傾げる。貴方様が気付いているかは分からない。常に暗い影を背負う王の純粋な笑顔に…

「シンは…、シンドバッド王は名前様と再会して変わりました」
「変わった?シンが?」
「悪い意味ではありません。…私は今までシンについてきました。だからこそあの人が変わっていく様を目の当たりにしています。商会を作り、国を作り破壊され…新たにこのシンドリアを建国するまでにシンは徐々に変わっていきました。純粋に冒険を楽しんでいた頃とはあまりに得たものが多く、故に変わってしまった」
「……」
「だから、私は少し怖かったのかもしれません。シンがシンでなくなってしまいそうで…。でも貴方様が来てシンはあの頃のような笑顔を見せるようになりました。闇など一切感じさせない純粋な喜びからの笑顔を…」

そう名前様と一緒にいるシンは本当に嬉しそうで、楽しそうで。王という立場を忘れて話に没頭するシンを見ていると私までも幸せになる。私達ではどうすることもできなかった、ただ従い支えるだけ。闇を払うことなど出来なかった。シンに1番必要なのはこの方なのだ

「名前様。私がお願いするなど御門違いかもしれませんが…、シンを宜しくお願いします」

膝を曲げ、組手を取り頭をさげる。もし名前様が居なくなれば再び闇がシンを蝕んでいくだろう。運命に愛されているが故運命に縛られる王をこれからも見ていくなど、したくは無い。最早、この方に頼るほか無いのだ

ーこつり

靴音を響かせる名前様に今一度深く頭を下げれば、彼は苦笑を零し大きな手で私の頭を

「いっ!」

叩いた。驚き顔を上げると呆れた表情を浮かべやれやれと腰に手をやった。

「なーに勝手なこと言ってるんだ。シンを支えるのは兄として当然。だが、俺よりお前たちが彼奴の隣にいてやらないでどうする」
「いや、そりゃ私達もあの方にお伴しますが」
「それに!俺はシンドリアに止まる気は一切ないからな!」
「…へ?」
「近々この国を出て行くつもりだ!宜しくな!」

にかりと笑いさー飲みに行くぞと意気揚々に歩いて行く名前様だが…あの人はなんと?ここを出て行く?それはシンの側を離れおいて行く、ということか?それはならない!

「ちょ、名前様!それは一体どういうことですか?!」
「言葉のまんまだ!それより早く行こうジャーファル!俺は酒が飲みたい!」
「まずは先程の話を、うわっ!」
「そりゃ酒飲みながらでいいだろ!行くぞ!」

名前様に追いついた私をあろう事かこの人はぐいっと腰を引き寄せ地を蹴った。体感したこのない速さで駆け抜けていく景色に気持ち悪さを覚えながらクソッタレと悪態をついたのは許していただきたい。やはりこの人はシンの兄上だ。突拍子もないことを言い周りを振り回す。取り敢えず酒場でこの人を問いただし阻止しなければ。シンドリアの、というよりシンの為に

(名前様、先程のお話を詳しく!聞かせてください)
(まぁまぁそうカッカするなジャーファル!ほらこれでも飲め!)
(いや、酒はほどほムグっ)
(はっはっはっ!まだ若いんだどんどん飲め!)
(この酔っ払い後で殴る)

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