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「馬は行くのはここまでだ!直ちに馬を近くの木に繋ぎ上に登れ!」
「え、班長!それは、どういう…」
「言う通りに従え新兵!」

上層を含め、中央部の奴らが森の中に入って行く中新兵を含めた多くの班がそれに続く事なく周辺の木に登り待機。この壁外調査とやらに何らかの意図があると勘付くことは簡単で、それにいるはずのないよく知った気配が近づいていることもありここで彼奴を捕らえるのだという答えにたどり着いた。

「…班長、俺達は何をしたらいいんですか?」
「そうだな。団長からの指示があるまでここで待機だ。巨人は、ここまで登っちゃこれねぇからな」

戸惑いを隠せない新兵に淡々と指示を出し森の中を見据える長はこの作戦の意味を理解しているらしい。ちらりと他の連中の様子を伺うも全員の表情は同じで。だからこそ、恐らく一部の人間にしか今作戦は告げられていないのだという答えを導き出すことは簡単だった。

「… … …」

ゆらり。生温い風が頬を掠め、森の奥へと流れて行く。木々が創り出す木漏れ日はあまりに穏やかで柔らかく、死人が出る作戦の最中であることを忘れさせる。そう言えば、彼女は俺に、あの時、何と言っていたか。不意に浮かんだ疑問にあの日の言葉を思い起こす

”近い将来、私は間違いなくあんたの敵になると思う。だから、その時はーー私と本気で闘って”

それは今か。まだ先の未来なのか。嬉しそうにしかし顔を歪めながら思いを吐き出した彼女に驚きとそれに勝る高揚感が体を歓喜させる。それは能の無い巨人にもう飽き飽きしていたからか。研究対象としていた巨人の正体は年月をかけて突き詰めた。大体のことがわかればそれでいい、それ以上のことは必要ない。ならば次は?現れない朧げな光を再び待ち続けなければならないだけか。またつまらない日常に戻る、そんな時訪れたこの壁外調査。そして巨人となっている彼女。戦闘狂を謳うつもりは毛頭もないが、好奇心を抑えるつもりもない。しかし、今団体で動いている以上自ら彼女に近づくことはやめておこうと意識を彼女から目下で蠢く巨人達へと移した。

「ねぇ、これ、上がってこないよね」
「そうであってほしいわ。まぁ、現にあいつら木を引っ掻くだけで登ったりもしてきてないだろう!」
「そうなんだけどさ…」

理解できない作戦、安全のない壁の外、初めての壁外調査。新兵に与えられる恐怖は計り知れず、ただ不安を煽るばかりでキリがない。

「……生け捕りにするにしろ、奴らがもってる巨人への常識を切り捨てねぇと死人は想像以上に出るだろうな……」

既に視えてしまった未来に、気にする必要のない、知ってしまったこれからの出来事に背を向けた。関与するだけ無駄である、そう決めつけて。

「… … …」

1つ、また1つと感じられていた気配が消えていく。慣れ親しんだ感覚につい口角を上げてしまうなんて、あの人の思いを成仕遂げようと進んできた道はいつのまにか俺を悪魔にでも変えてしまったようだ。薄れたはずの狂気はたまにこうして顔を見せ、思考を鈍らせた。

「… … …はぁ、」
「あれ、ロード?貴方ロードですよね?!」
「ねぇロード、この状況を貴方はどうみる?」

幾日か前に聞いた煩わしい声に自然と我に帰った。気怠げに振り返るとブラウスとアッカーマンが近くで待機しており、俺に気づくや否や誰もわかっていないこの状況について問うてくる。どうみるか、なんてはっきりわかっているのは上層の人間達だけだろう。それも団長様から信頼されている精鋭達。だが、生憎視えてしまったものは誰にも変えられない真実で。特にアッカーマンはこれを知り得たなら自身の感情に従い我先にとエレンの元へ向かうことが分かりきっていた。

「… …さぁな、連中の考えなんざ分からねぇよ」
「…ロードでも分からないことがあるんですね」
「そりゃぁそうだ。俺は神じゃねぇ」
「それでも意外。貴方は私たちの中じゃ1番頭が回るから、この状況を憶測でも真実に近く理解してるのだと思っていた」
「… …買い被りすぎだ。俺もただの人間だからな」
「… … …そう」

腑に落ちないのか、アッカーマンは疑いの眼差しを俺に向けながらもこれ以上の模索は無駄だと判断し意識を巨人に集中させていた。俺も完璧なわけではない、神ではないのだから。違うとすれば僅か先の未来を知ることができるだけで、しかし彼方の世界ではそれさえも普通だった。まぁ、あの団長の考えは理解できる。1つのことを得るために多数を切り捨て、それでも前だけを見据えて進んで行く。仲間に対する対応は違えどあいつと、少しだけローと似ているから。だからといって、従う気にはならないが。

「…ねぇ、もう一つだけ、あなたの考えを聞きたいのだけれど」
「なんだ」
「エレンは、どこにいると思う?」
「…何処でもいいだろ。どうせあいつの周りは調査兵団の精鋭が固めている。お前が気にする必要はねぇよ。それに壁外調査前に説明はあったはずだが」
「分かっている。でも、班によって場所がバラバラ。…誰もエレンの場所を知らない。私はこの調査兵団をまだ信用しきれていない。それに、私じゃ、団長の考えも、この作戦の意味も分からない。だから…」
「… … …」
「ミカサ……」

自身の不甲斐なさを悔やむ、握りしめた拳は紡いだ唇は僅かに震え感情を隠そうともしていない。結局のところ、最後までこいつはエレンへの想いを変えることはできないのだ。エレンから突き放されようが、第三者に諭されようがエレンの全てを優先する。優先…、するのだ。自分の命よりも、他人の望みを、…命を……

"ロード!お前は自由だ!!だから生きろ!!"
"お前を縛るものはもう何もない!!お前は自由なんだ!!!"

「… … … …チッ、」

自己犠牲など決して美徳ではない。一方的で浅はかで、決して賞賛に値する行為ではない。だから、彼女の行動に、想いに既視感があるなんて思い違いだろう。彼らと彼女は全く性質が異なり、少しも似てはいない。それでも、その悔しげに歪む瞳の奥に確固たる意志を見つけた時、手を貸してやってもいいと思ってしまうなんて俺らしくないと鼻で笑った。

「… ロード」
「… …この部隊の1番安全な場所。中央の後方にあいついるだろう」
「中央、後方」
「あぁ。だが、1番安全ってわけでもねぇ。いつでも動けるように万全の体制を整えておくことだな。…お前の身体能力じゃ、なんとかなるだろ」
「…了解。今、私が動く必要は?」
「ねぇな。今は大人しくしておけ」
「分かった。… …ありがとう。貴方の言葉なら、…エレンが信用している貴方なら私も信用できる。私は、貴方に従う」

彼女はもう迷うことなく前だけを見据えた。関わらない、なんて言いながら己の力を使い…、この世界に存在しない力で得た情報を彼女達に与えている時点で俺は幾らか踏み入ってしまっている。呆れた。考えるのさえ馬鹿らしくなる。目的の為には手段は選ばない。邪魔なら殺す、歯向かうなら斬り捨てる、極悪非道と言われた思考は今でも変わらない。唯一変わっていたのはこの世界の人間達に最低限は手を貸そうとしている良心か。数年共にした、その期間が多少響いてしまったようだ。

「……馬鹿だな」

まだ俺は黒に染まりきっていなかったのかもしれない。まぁ、それも時間の問題なのだろうけど。森の中から聞こえる雄叫びが辺りを驚愕の底へと突き落とす中、知らず知らずに変わっていた感情に気がつき自嘲した。

(分からなくなる。俺の仲間はアイツらだけなのに。手を差し伸べてやってもいい、と思ってしまった)
(守ってやる価値もない、はずなのに…)


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