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1ヶ月という月日が過ぎるのは一瞬で、リヴァイ班の一員として訓練や巨人の力を試したりとやる事が多かったからか、だからといって特に進歩もなくリヴァイ兵長に睨まれる事が多かった。ハンジさんは少しでも巨人の事について情報を得る事ができるとすぐに自室にこもり報告書を書き上げそれを上に提出したりとなにかと忙しそうにしていたし。俺自身、自分の力を理解し、使いこなすために思考錯誤していたから過ぎ行く日を考えてすらいなかった。だから、明日が初めての壁外調査だなんて夕刻になった今でも実感が湧かないのは仕方がない。旧調査兵団跡地から兵団が所有する兵舎の近くまで馬で戻り、オルオさんについて行く途中見知った背中を見つけ、久々に会える喜びを抑えられずにいた。

「オルオさん、ちょっと同期と話してきてもいいですか?」

「ったく、これだからお前は…。急げよ、時間がねぇんだ」

「有難うございます!」

「…おい、エレン」

オルオさんの許しを得て、いざ歩みを進めようとした時思わぬ人物に声をかけられ無意識に体が揺れた。振り向くと同期達を眺めている兵長が此方を向く事なくまるで誰かを探すように視線を彷徨わせながら口を開いた。

「お前が前に話していたロードという奴はいるか?」

「え、ロード…、ですか?」

「…チッ、さっさと答えろ」

「は、はい!えっ…と」

苛立ちを含み始めた声色に慌ててロードを探す。ロードは他のやつと比べて背が高いしすぐ見つかるはず、そう思い周りを見渡すがそれらしき姿はどこにも見当たらない。もしかしたら何処かへ行っているのかもしれない、それとも調査兵団には入団しなかったのか?予想してなかった答えが脳を埋め尽くす。

「エレン」

「っえ、あ…、ロードはいないみたい、です」

「… … …そうか」

いつもと変わらない兵長、何も変わらない人を威圧するような冷徹な雰囲気のままなのに一瞬だけその鋭い瞳が哀愁を帯びたように見えたのは俺の勘違いなのだろうか。さっさと済ませてこい、そう残し兵長は愛馬を引いて兵舎の方へと消えた。呆然と兵長が消えた方を眺めていると早くしろとオルオさんに促され、慌てて同期の元へと走る。疑問だけが残って、だから兵長に後で聞いてみる、なんて出来るはずもない

「オイ!」

懐かしい面々、強張っていた身体から自然と肩の力が抜ける。やはり、顔の知れた奴らと会えるのは嬉しいし、自然体の自分で入れるから楽だと感じた。

「エレン!」

「しばらくぶりにあった気がするぞ!」

笑顔で迎え入れてくれるアルミンとは対照的に、珍しく焦った顔をしたミカサが俺の腕を両手で掴み何もされてないかと食い入るように問うてきた。酷いことなどされる訳がない。相手は巨人や解剖をしようとした憲兵団の連中ではないのだ。まぁ、無理難題は何個か言われたがリヴァイ班の先輩達には良くしてもらってる

「あのチビは調子に乗りすぎた。いつか、私が然るべき報いを…」

「…おい、お前もしかしてそれリヴァイ兵長のこと言ってんのか?」

物騒なことを言い出したミカサに呆れ苦笑が溢れる。流石のミカサもリヴァイ兵長には敵わないだろう。稀に見る逸材とは言われているが、なんせ相手は人類最強の兵士だ、叶う訳がない。けれど、好奇心は恐ろしいもので一度2人で戦っているところを見てみたいなんて、そんなどうでもいいことを考えてしまうほど俺は知らぬ間に気を緩めていた。だから、皆がいて、憲兵に行ったと思っていたジャンもいて…、そのジャンから現実をまざまざと突きつけられるなて思ってもいなかったんだ。

「だから知っておくべきだ、エレンも俺たちも。俺たちがなんの為に命を使うのかもな。じやまねぇといざという時に迷っちまうしな」

俺が巨人化した時に起こったこと、ミカサを傷つけたこと…、ジャンは事実を述べているだけ。周りの奴らに分かりやすいように。そう、こいつは俺を責めているわけじゃない、ただあったことをそのまま言っているだけで。だが、その言葉1つ1つが俺を攻め立てているようにしか思えなくて、悔しくて情けなくて返す言葉がなかった。

「だから、エレン、お前本当に!」

俯く俺の肩にジャンは手を置き力を込める。そこで初めてジャンの手の震えが伝わってきて驚きに目を見開きながらジャンを凝視すれば、先ほど淡々と話していたのが嘘のように焦りが色濃く浮かんでいて。

「頼むぞ!!」

「あ、あぁ…」

どう声をかけていいのかも分からず、ただ促されるままに言葉を連ねた。











「なぁ、お前ら。ロードを見なかったか?」

「ロード?彼はいつもすぐ何処かに行くから僕達と一緒にいることはほとんど無いよ」

重々しい空気堪え兼ね話題を変えようと探し人の名を口にする。ここを探してもみつから無いのはどこかへ行っているだけで違う兵団に入ったわけでは無いのだと安堵した。ならばどこへ行ったのだろうか。別に用があるわけではないがただ久し振りに話がしたい。だって、あの人は俺の憧れだから

「どこに行ったか知ってるか?」

「…分からない、夕食時には戻ってくると思うんだけど。用があるなら伝えておこうか?」

「…いや、」

いないのならそれで、どうせすぐにまた会えるだろう。アルミンの申し出を断り班の元に戻るために皆に一言かけ踵を返す。俺が彼等に会いたいと臨んだはずなのに何かを求めるような視線が、突然訪れた重苦しい沈黙が窮屈で早く抜け出したかった。俺に人類の希望を託されていることは理解していたがそれは間接的なことであって。団長やリヴァイ班の先輩達に期待していると言われてもあぁ、俺は期待されているんだとしか思わなかったし思えなかった。だからこそ、今日同期達に合って、ジャンに言われて事の大きさに気づかされたのだ。俺が成果を上げないとあの日、俺を守って死んでいった兵士達に意味を与えられないのだと。

「…こんなに重いもんなんだな」

巨人を駆逐する、あいつら全てぶっ殺す。
その一心でここまで来たのに、己の目的が変わらないままそこに人々の希望が加わって…怖くなってしまった。

「… …はは」

そこまで考えて不意に笑いがこみ上げて来た、視界がぼやけて体が震えた。こんなにも人類の希望になるっていうのは重く、苦しく、辛いものなのだろうか。何も気づかなければよかった、そうすればこれから続く漠然とした恐怖を感じることはなかったのに。だって、人類の中に、俺の理解者なんて、いない。俺だけだ、希望であり駆逐すべき対象でもある巨人になれるのは。仲間がいても、1人じゃ無いけど、俺は独りなのだ。

「… …はぁ、疲れてんのかな」

怒涛の人生、周りに誰かいるのが当たり前だから1人になると消極的な考えに陥ってしまう悪い癖だ。早く帰って明日に備えよう。どんなに考えたってやることは変わらないから。

「…そんなとこで突っ立って何してる」

「えっ」

投げかけられた声にはっとして顔を上げると探し人が怪訝そうに顔を歪めながらこちらをみていて。それと同時に自分が誰も通らないような建物の隙間に居たことに驚愕した。ここはどこだろうか、不自然に戸惑う俺に呆れてロードはさっさと帰れと声をかけて何事もなかったかのように遠ざかっていくから慌ててその背を追いかけた。

「ロードっ」

「… … … …」

遠ざかる背中、しかし僅かに速度が落ちた歩みに喜びを感じながら急いで彼の隣に並んだ。そこまで長い期間離れていたわけじゃ無いのに、懐かしい感じに自然と笑みがこぼれさっきまでの不安は消えていく。そこでふと1つの疑問が浮かび上がる。兵長はロードの事を探していたが、ロードはどうなのだろうか。ロードは俺たちの中で群を抜いた強さを持っている、それは首席であるミカサですら勝てないほどの。しかし、それはあくまで訓練兵としてだ。巨人になれるような特殊な力を持っているわけではない。俺はこの力があったから今リヴァイ班の一員として彼等と共に過ごしている、人類として異例だからリヴァイ兵長と顔を合わせることが出来た。だからそう、兵長がロードを探している理由に検討がつかない

「… … …」

「… …さっきからジロジロとなんだ」

「え?…俺、ロードの事をそんなに見てたか?」

「… … …無意識か」

呆れたように息を吐き出しさっさとあるべき場所に戻るんだなと一言言われはっと顔を上げるといつの間には宿舎についていて。俺の帰りが遅いことに痺れを切らしていたのか入り口に立っていたエルドさん達が俺の姿を視界に捉えるなり足早に此方にかけてくる。ロードはその後何も言うこと無く去ろうとした、だから口がとっさに動いてしまった

「ロードはリヴァイ兵長と会った事があるのか?兵長がロードの事を探していた」

別に俺が聞いてどうにかなるわけじゃないのに。頭で考えていた事を一度口から出してしまえば撤回することなどできなくて。後悔は後の祭り、ただ返答を待つしかなかった

「ーーー」

「え、」

ボソリと呟かれた言葉は、しかし一陣の風に阻まれ俺の耳に届くことはなく、聞き返したところでロードは一度も振り返らず暗闇の中に消えていく。だからその瞳が驚きに満ちていたなんてわかるはずもなかった。

「エレン!お前流石に遅すぎんだよ!!同期と”少し”話すだけじゃなかったのか!」

「そうだよエレン。今から明日の壁外調査の最終確認なんだから、急ぐ!」

背中を押され兵舎の中に押し込まれるように入る。壁外調査が明日なのに変わらず賑やかな班の先輩達のおかげで緊張感を未だに感じられていない、それが先輩達の気遣いなのだと感謝した。
兵長とロード。2人の関係なんて気にする必要もないのに、気になってしまうのは一体何でだろうか。自分の感情に整理がつかないまま、部屋へと向かう階段を降りた。





(あの日失ってしまった温もりをまた得ることができた、貴方のおかげで)
(だから、その温もりが誰か違う人に向けられるのが嫌だ、なんてただの我儘)
(貴方に言ったところで意味などないけど)



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