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新しい寝床、旧調査兵団の本部となっている地下で一息ついてベッドに体を鎮める。ここ最近目紛しく俺の環境は変化し、正直頭がついていかない。普通なら今頃訓練兵を卒業した奴らと一緒に所属先を何処にしようか悩んでたりするのだろうが、生憎卒業して直ぐにトロスト区は巨人の襲撃にあい、どうしてか俺自身が巨人になれる力を持っていた。またと無い力を利用し、壁を塞いだまでは良かったものの人間が巨人になれる事が発覚し騒ぎ立てられ審議所でこれまでに無い仕打ちを受けた。ほんと、疲れた…

「はぁ…、何で、こうなっちまったんだろうな」

呟きは反響し消えていく。そういえば結局皆はどうなったんだ。ミカサとアルミンは審議所に居たから無事なのはわかってはいるが他の奴らは?上位の成績で卒業した奴らは生き残っているだろう、実力は確かだしそう簡単に巨人にやられるはずがない。早くこの状況から脱して皆に会いたい、無事だって姿を見て確認したい

「そういえば、何日後かに新兵勧誘式があるって言ってたな」

やはり上位の奴らは憲兵団に入るのかな、なんて彼奴らの行く先を考えてしまう。

「エレン!」

基本は誰も近づかない地下室に響き渡る声に体をあげるとそこにはペトラさんが居て。夕食ができたからと呼びに来てくれた彼女に続いて部屋を後にし、その後ろを追った。この人と、正しくは調査兵団特別作戦班の人達と接するようになってその優しさや気遣いに気を許していた。ちょっとした寂しさも紛らわせるようになったと思う。

「そういえばエレン、さっき何か独り言言ってなかった?」

「え?、まぁ」

「何か不安なことがあったらすぐに言ってね。私でよければ力になるから」

「…、ありがとうございます。別に不安とかじゃなくて。同期は何処に所属するのかなって…」

「あぁ、そういえばもう直ぐよね新兵勧誘式。…着いたよ」

食事をする部屋には既に全員席についていて、オルオさんに遅いと怒鳴られたが軽く謝りを入れ自身も席に座った。カチリと銀食器を使う音だけが響き渡る。この空気がまだ慣れていないのだ、特にリヴァイ兵長がいる席は。変な事を言わないよう食事に集中しているとペトラさんがそういえばと笑顔で俺の名を呼んだ。

「新兵勧誘式が近いけど、どう?エレンの周りの子達で調査兵団に入ってくれそうな子はいる?」

「…今年の奴らは巨人の襲撃を経験している、一度恐怖を味わった以上多くは望めないだろうな」

「ふんっ、腰抜けが多い事だ」

先輩達の言葉を耳にしながら考えるのは同期のこと。巨人襲撃の前は調査兵団を希望しようと口にしているやつは多かった、自分たちの力を自由を手にするための動力の1つにしたいと。しかし、そうやって夢を語り合ったやつの何人かは既に巨人に食われてしまった。他のやつはもそれを目の当たりにしている、それでも調査兵団に入るやつなんて殆どいないだろう。
もう一度巨人に襲われる恐怖を味わいたくないだろうから。…そういえば、彼は、ロードは調査兵団に入ってくれるのだろうか。俺が誘った時は何処でもいいと言っていたからてっきり同じように所属してくれるとばかり思っていた

「…どうでしょうか。前は居ましたが、今はどうか、分かりません。…でも入ってほしい人ならいます」

「は?なんだそりゃ」

何言ってるんだという空気が流れるのも当たり前で。先輩達は現状を聞きたいだけなのに、なんで俺は願望なんか言っているのだろう。馬鹿みたいだ

「あ、いや。なんでもありません」

「… そいつは相当酔狂な奴かなんかか?」

今まで黙って聞いて来たリヴァイ兵長が口を開く。多少はこの話に興味を持ってくれてたみたいで安堵した。酔狂、とは違うな…。ロードはただ

「ただ、俺の憧れなんです」

「… … …」

「何だよエレンそりゃ」

「凄いんです!先輩達もあったら分かります!だって、入団当日なんかキース教官を黙らせたんですよ!それにどの訓練も完璧なんです、非の打ち所がないくらい」

教官は恐ろしい人として有名だ。質問に答えた希望者を罵り、初日から恐怖を植え付けることに長けている人。先輩達も覚えがあるのか教官の名前を出すと顔を青くしたが、その教官を黙らせたと聞いた途端皆驚きに満ちていた。やはりロードはすごいのだ

「どんだけ肝が座ってんだよそいつ」

「凄い子がいるんだね」

俺のことじゃないのに嬉しくなる。座学、格闘術、馬術、どの訓練も何処吹く風でそつなくこなし他の奴らよりも数歩前を歩いてて、それがロードの本気なのかそうでないのか分からないが確実に言えることは彼がいればまた一歩自由へ近づけるということで。まだ知らない世界を見る日が近いのではと心は踊っていた

「だが、それは訓練兵でのことであって現実はそうはいかねェかもな。どんなに良い成績を残していても実践で役に立たなきゃ意味がねェ」

「っ、」

「兵長の言う通りだエレン!…ま、この俺に比べりゃ大したことねェがな」

確かに兵長の言う通りだ。実践で生き残っていかないとこれまで耐えて来た試練は意味をなさない。俺はロードと違う班だったから彼の力を見ることはできなかったが、何故だろう。ロードなら必ずと思ってしまう自分がいる。

”彼は教官よりも巨人よりも…、何よりも怖くて残酷な人だと思う”

以前アルミンが言っていた言葉。アルミンがどうしてそう感じたのかは分からないが3年共に過ごしてみて少しだけ理解できる気がした。彼を纏う空気が、視線が鋭いナイフのように感じる時がある。決して近づいてはいけないような。俺に向けられたわけじゃないのに恐怖で身体が動かない時が。強者の風格を露わにしているそれに、希望を抱いてしまう

「でもま、名前くらいは覚えておいてやるよ。エレンよそいつの名前なんてんだ?」

「オルオ、なんであんたがそんなに偉そうなのよ」

ペトラさんから蔑んだ目を向けられているオルオさんに苦笑して名を紡いだ

「ロードって言うんです!」

「ロードな、まぁ覚えといてやる」

「…もう何も言わないわ」

きっとロードはこの兵団に入ってくれる。根拠もない自信に喜びを隠せず声が弾む。そいつが調査兵団に入ると良いななんて言ってくれる先輩達に笑って頷いた。漸く進むことができる。塩水でできた湖、氷の大地、燃え盛る大地、本でしか見たことのない世界が壁の向こうには広がっているのだろうか。早く、自由の翼が…、鳥のように世界を羽撃く翼が欲しいな。






(世界は残酷なだけじゃない。星空のように煌めいている、それをまだ知らないだけ)
(未知なる世界が僕達の胸を締め付けて離さない)


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