20 屋根の上を駆け見聞色の覇気で数や実体を確認しながら前衛の元へと向かえへば、次から次へと聞こえてくる悲鳴じみた声に顔をしかめた。流れる雲の速さ、そして雲と反比例する速さで流れていく状況に一つ嘆息し、目の前へ迫ってきた奇行種の突撃をかわしその項へ半身刀を斬り込んだ。削ぐのではなく、切り落とすように 「………」 あっさりと首が落ちるものだから何処か感嘆に似たようなものを感じたのは仕方のないことで。アイツの助言一つでこうも簡単に巨人を倒すことができるのはすごいことではないかと一人感心してしまう。共通している点、それは削ぐではなく斬るということだろうか 「ロード、言われた通りこっちは全部終わった。でも、キルが……」 「彼奴の末路を見てやったならそれだけで十分だ。お前らが彼奴の事を覚えていてやれ」 「っ、うん!!」 「…それにしても」 目元に付着した巨人の血液が蒸発し視界が悪い片目をそのままに辺りを見渡すと誰一人として動こうとしていない。皆がみな絶望染みた表情を隠すことなく露にしているその様子に最悪の事態を想像した。撤退の鐘は既に鳴っている、普通ならどいつも喜んで早々に壁を上る。巨人から逃げるように、己の命を守るように…。それをしないということは、いやしないのではなく出来ないのか 睨むように辺りを見渡すとふいに視界の片隅に映ったのは本部に群がる巨人達。それで全てが、バラバラに崩されたピースが恐ろしいほど綺麗にすんなりはまってしまった 「…お前ら、ガスはまだ残っているか?」 「えぇ。ロードが巨人の大半の討伐を担ってくれたからまだ十分に残ってるよ」 「そうか…。一度他の奴等のところへいく。なるべくガスは使うな」 最悪の事態を想定して動いた方が幾分かましだろう。越えることの出来ない幅はガスを使い、それ以外は自分の足で駆ける。今、巨人が本部に集中しているせいなのか辺りに10mを越える巨人の気配は数体ほどしか感じられない 他の奴等と合流したところでどうなるかなど分かりきっていることで。生き残る術はいくらでもある、しかし最悪なのは俺達以外戦意喪失してしまっていることにあって。必死になって生にしがみつこうとしない、ただただ死を待つその惨めな姿を嗤った あと少しで大勢の気配のする場所へといくことが出来るのにやはり巨人という生き物は簡単に事を進めさせてはくれないらしい。 近付いてくる数は5体ほどで大きさはバラバラ、10m級もいれば5m級もいる この世界はどれ程俺を苛立たせたら気がすむのだろうか、なんて。言葉にしても意味のないそれを喉の奥で呑み込んだ 「お前らは小型の2体をやれ」 「了解!!」 声を飛ばしたと共に巨人へ向かう三人を確認し自身も大型巨人へと向かう。アンカーを巨人の近くにある建物へと差しガスを吹かしてはその遠心力と己の回転を利用し 一体の巨人の首を切り落とすと吹き出した血が服や頬に降り注ぐ。やはり、アンカーを使いこの超硬質スチールで落とすのは面倒だとしみじみ感じると同時にアンカーを納め、巨人の降り下ろした手を屋根を蹴り避ける。そのまま腕を駆け、高く跳ぶとその振り上げた脚を巨人の脳天目掛けて振り下ろした ボコリと凹む感覚に眉を潜めながらも残りの一体を先に倒しておこうと納めたアンカーを肩に差し巻き取る勢いを使い刃で両目を一閃。振り抜いた勢いでのまま肩へ足を着ければ晒しだされる無防備な項が視界に入った。血で滑る操作装置を握り、アンカーを側の建物に打ち込み、飛び去るとその間際項を首ごと削ぎ落とす。そして、地に倒れ動き出そうとする巨人の露になっている項を己の技術だけを利用し削ぐと珍しくうまくいきそのまま虚しくも巨人は蒸発した 「………」 蒸発する巨人を横目に地に足を着け周りを見渡せばそこにあるのは巨人の死骸だけで。このまま屋根へ上がらず走った方が早いと結論付け目標の場所へとただ只管に風を切った。俺がいなかろうとあいつらは生きるだろう。その信用は何処からか沸いてきては気にかける必要もないと小さく振り払う。奴等はこの数分で目まぐるしい成長を遂げていると我ながら感心したのはつい先ほどの話で。あんなに怯えた顔は何があったのかたった一人の人間の死を切っ掛けにガラリと変わった。冷静さを取り戻し、覚悟をその瞳に宿し、それでいて生へと執着を見せた。そう、それは奴等が生きて帰ってくるだろうという仮定を事実にするには十分すぎる理由で。 目的の建物へ着き屋根の上へとかけ上がるとそこに広がるのは絶望一色。座り込む者、死を嘆く者、ただ呆然と本部を眺めている者…、様々な人間がいるなかそれでも同じなのはこいつら全員生きる価値のない人間だということで。しかし、だからと言ってどうにかしてやろうなんて善良な言葉をかけてやる気はない。俺自身に危害さえあたえられなければ、別に気に揉む必要なんて何処にもない。今の状況を把握しておこうとその場から飛び降りた 「っ!!、あっ」 「っロード!!」 「…………」 ざわつく周囲を他所にアニ達の元へと足を進める。他のやつは使い物にならないとすぐに判断した、それは皆が同じ眼をしているからで一色に染まるその瞳など見る気さえ起きなかった 「これはどういう状況だ?」 「…ここいにる人間、全員壁を昇るガスなんてもうないんだと。補給班はあの巨人達のせいで戦意喪失。自分達の仕事を放棄したお陰で私たちはこの様だよ」 「…………」 アニの言葉を聞きながら意識を本部の方へと集中させる。少なくとも外に巨人は20体以上、中からも人間のものとは別の生命力を感じる辺り巨人が入り込んでいるのだろう。しかし、討伐できない数でもないと考えるもここが誰もいない壁外で無いことを思いだし内心舌打ちをする。俺一人、それも愛刀さえあればものの数分で、いや数十秒あれば一掃することは可能だが、武器が立体機動とくれば話は別だ 「ロード!!もうここにいたんだ!!」 「お前巨人倒すの早すぎだろ!!」 響き渡る声に視線を寄越すと先ほどの別れた同じ班の人間全員が屋根の上に着地した。それを気にすることなくすぐに再び本部を見据えると同時に浮かんだ1つの作戦。ここにいる全員が助かるものではないその内容にしかしながら、躊躇する猶予はない。この人間の数、もうじき本部にいない他の巨人がここに群がってくるだろう 空は気持ち悪いくらい晴れている、太陽の日が辺りを照らす…変わらない大空に自嘲した。犠牲なしで何かを得ることは不可能だ、それもこの親切なほど残酷な世界ならば… 「誰かが犠牲になり、他の人間が生きるか。全員死ぬか、…どちらかだ」 ポツリと呟いたその言葉はこの重苦しい空気の中、確かに全員の耳の奥に響いた。戸惑いや不安の色を帯びた視線が俺に向けられる、そうなることは想定住み、誰だって死にたくはないだろう。ならば他の人間を見捨てて自分達だけでも生き残ろうかと、昔の自分らしい考えに行き着いたその時、不意に掴まれた腕そして鼓膜を揺するその声に僅かに目を見開いた 「…俺がいく。それで他の奴等が助かるなら」 「レオンっ!!」 「お前は生きたくば従えといったな。ならばこれもそうなんだろ。事のなり行きを待つだけだと全滅だが、たった一人犠牲になるだけで大勢の人間が助かる…、俺はお前を信じてる。だから…」 ――俺を利用してくれ 迷いのない瞳に微かに圧倒された。揺らぐことのない瞳にその覚悟を受け取ってやろうと、真っ向から受け止めてやろうとさえ感じた思いは果たして正しいのか。この世界に正当な答えなどあるはずもない、分かりきっていることに僅かながらこいつの出した答えを正当化してやろうとさえ考えた 「…分かった。なら行くぞ時間の無駄だ。作戦は後にでもいう、…いや、お前は俺に従うだけ、か」 「そういうことだ!!」 「…くくっ、面白れェ」 だからこそお前を失いたくはなかった、なんて陳腐な言葉を並べたところで状況が変わることなどなくそれは声になることはなかった。ガスを極力使わず本部へと駆ける中、ちらりと視界に写ったのは度々見受けられた翡翠の瞳をした巨人。不思議なのはそれから感じられる気配が他の巨人とは違う異質な何かであって。そして、巨人が巨人を殺すという前代未聞の行動であった 「なっ、なんだよあれ」 「…………」 異質な生物、しかしながら何処か覚えのある気配に自然と口角が上がる。あいつを利用しよう、と (「おい、お前が死ぬ必要がなくなった」) (「えっ?」) (「…あいつを利用させてもらう」) back |