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作戦が告げられ皆が己の心臓を人類へと捧げる決意を露にした。

駐屯兵団の指揮の下各班に別れ補給支援・情報 伝達・巨人の掃討などを行うという訓練通りの流れ。その中でも巨人の掃討を担当する兵達は更に前中後衛に別れて進む。既に前衛で迎撃に当てられた人間たちがどうなっているかなんて容易に想像できるだろう。恐らくは殆どが…

「ロード…」

中衛部の同じ班員となった奴等のもとへと行こうとした刹那己を呼び止める声に振り返えれば、視線を下に落としたアッカーマンがいて。その唇は血が滲まんばかりに噛み締めかれ何となくこいつが言おうとしていることを察した。それはエレンのこと。こいつは自分がエレンを守らなければならないといつの日かに言っていた気がする。それは周りの人間からであり、彼に害をなすもの全てから彼女は彼を守るのだと使命感に似た何かをその瞳に宿しながら俺にいい放っていた。その対象は巨人も例外ではない。エレンを傷つけようならこいつは104期生の同期であろうとも殺すだろうと想像がつく
しかし、この混乱の最中彼女は後衛部に行くよう命令された。それすなわちエレンの隣から離れなければならない。その間に何かあったら、彼女はそう考えたのだろう。そう、だからこいつは俺のもとに来ているのだ。"気に食わない"であろう俺のもとに

「…っ、エレンを」

「……守ってってか」

「…(コクリ)」

小さくそれでもはっきりと肯定した彼女は下げていた視線を上げ真っ直ぐにその双眸を俺に向ける。しかしその言葉にはっきりと返答が出来ない。同じ中衛部であっても班は違う上に俺はその班の班長とやらを任せられた。その班の長となったということは自動的に下につくもの所謂"仲間"というやつもいるわけで。自由に動けない状況の中更に違う班の人間を守るには流石に難があった

「…気を配るぐらいはしてやるが、前にも言っただろ。あいつはもう子供じゃねェと」

「っ、それでも。それでも…私にはエレンしか、いないから」

「…面倒な女だ」

不器用であいつのことになると我を忘れたように異様なまでにエレンに執着する女。それを振り払い邪険に扱うことは簡単だ、俺にお前の感情を押し付けるな、と。いや本来ならば直ぐに口にするであろう否定の言葉を今となっては躊躇してしまうほどにまでその非情さは別のものに侵略し続けている。それは優しさか、ただ無関心となったからなのか分からない。分かるのは俺自身エレンを守ることに嫌悪感がないことで。誰かを守るなど性に合わない、寧ろ大切なものすら己のためなら切り捨ててしまう。そうであったはず
しかし、もうそんなことでは驚かない。それは分かってしまったから…、知ってしまったから

「早く行け、アッカーマン」

「じゃあ!!」

「善処はしてやる。だからと言って絶対じゃねェ。…わかったか」

「……それだけで十分」

ただの口約束。それは何時でも裏切ることのできる脆い繋ぎでしかないにも関わらず彼女は安堵の表情を浮かべ背を向けた。気に食わない相手に、信用に足ると思ってもいない相手に彼女はその約束事の脆さを知りながらも心から安心している。絶対に守ってもらえると信じて疑わず

「ロード、ここにいたんだ。そろそろあたしたちも行こう?」

「…あぁ」

予想外の人間にその大切なものを頼まれた、だからといって依然として変わることのない思いに彼女と交わした繋ぎは簡単に崩れ去っていく。絶対ではない、そう言ったのも気にかける余裕などないと始めから分かっていたからで。この混乱の最中最優先されることは巨人を何れだけ殺し、何れだけの人間を生かすかであって一人の人間に執着する必要はない。一人より多数を。エレンより班の人間を…
ここには本当の意味で仲間と呼べる人間はいない、いるはずもない…ならば任務を全うしよう。人類の為に仲間を見殺しにしてでも巨人の進撃を食い止めてやろう

「……お前らに1つ言っておく」

そう、だから足手まといはいらない。躊躇う奴は切り捨てる、恐怖に怯え邪魔になる奴は置いていく、決して助けはしないだろう。それでも生き延びたいと思うやつは戦え、どんな状況下に置かれたとしても冷静にお前たちが心臓を捧げた人類の為に最期まで役に立って見せろ。その最期は俺が見ていてやるから

「生き延びたいのなら俺に従え」

こいつらの未来はまだ始まってもいない。俺の与えるものが生き残れたことへの喜びではなくて単なる繰り返される悪循環なのかもしれない。今を乗り越えようがこれから先生きていくことが辛くなるような地獄を、世界の残酷さを目の当たりにし知らないほうが幸せだったと言うときが来るかもしれない。あのとき死んでいた方が良かったと後悔するだろう

「絶対とはいわねェ、お前らに選択する権利があるからな。…行くぞ」

唖然とする班員にこれ以上告げることはないと早々にアンカーを飛ばし目的の場所へと移動すると、感じてくる気配に自然と目を細めた。次々に弱々しくなっていく生命が手に取るようにわかる感覚になれたとはいえど気分のいいものとはいえない。遠くから聞こえてくる断末魔を耳にいれながら目の前に迫ってくる標的へと狙いを定めた



(ただひたすらに色を重ねていく)
(血に染まった己はもう引き返すことなど出来ないのだから)


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