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「…さすがだね、あいつ」

「うん、ロードらしいよ」

この騒動など気に止めることなく早々と外へ出ていったロードに感心しつつ目はあいつの出ていった扉から離さない。ロードの言葉に再び静まり返る室内、勿論渦中の二人も唖然として誰もが口を開こうとしないなか私たちの声だけが嫌に響いた
ロードは掴めないやつだ。自分からは誰とも関わろうとしないと思えば、周りの人間があいつに近付くと表情一つ変えることなく、かといって満更でもないように相手をする。私のときだってそうだ。お互い孤独を好む一匹狼。それなのに私はあいつの何処かに惹かれてしまった、だから話したいと、あの瞳に私を写してほしいと思いさえした
それが恋としてかと言えばそうではない。ただ…

「………」

ただ、何なのだろうか。仲間意識、憧れ…どれとも似つかぬ感情に自然と顔をしかめる。この感情に正確な答えなんて存在しているのか、そもそも私はなんの感情にどんな答えを期待しているかさえ分からない。考えれば考えるほど分からない、分からないんだ。一つ言えるとしたら、それは…

「…闘いたくはない、な」

呟いた言葉は目の前の通路で二人が騒ぎ始めたことで誰の耳に入ることなく舞っては消えた。いずれは嫌でも私と彼奴は敵対するだろう。彼奴が調査兵団に、巨人に挑み続ける集団に入るというのなら。その仮定を作り出しただけで何処か虚しさを感じた。結局はそうなのだ、変えることなんて出来ない。私はやらなければならない、そして彼奴も…

「はぁ…」

「ど、どうしたの?アニ」

「なんでもないよ。私もそろそろ出るわ」

「え?」

気づけば二人の喧嘩に決着がついていたようで、周りの人間が皆最後の晩餐を楽しんでいるなか私は呼び止められていることなど気にせず足早にホールを後にする。向かうのは先に出ていったロードの元。一つ聞いておきたいことがある、どうしても知りたいことが…
生暖かい風が頬を掠め無機質な香りだけが辺りを包む。これが木々が多く生息する森なら、自然豊かな場所ならこの風も気持ちのいいものだと感じることができたかもしれない。彼は騒々しい居場所を好まない、この時間頃に同室の人間が帰ってくると知っているなら向かう場所は一つだろう。そこは町中から少し離れた何もない場所。大きな大木が一本佇んでいる静かな場所、そして教官に唯一見つからない場所。歩く足を早め、その場所へ向かうと案の定月の光を浴び、本を片手に上を見上げているロード。いつもの光景がそこに広がっていた

「またここにいたの?」

「…アニ、か」

夜空を仰ぎ見ていた視線をゆるりと私に向けるもそれもすぐに興味をなくしたかのように再び空へと向けられる。その瞳に私は写っていない。いや…それだけじゃない。私達を照らしている月も輝きを失わない星々も彼の瞳に写ってなんかいない。それよりも先、何処か遠くを見続けるロードに気付かぬ振りをして彼の座る隣へ腰掛けた

「急にどうした?まだ宴会は続いてるだろ」

「抜け出してきた」

「くくっ、お前らしいな」

いつものような小馬鹿にした笑い方。先ほどまでまるで別次元にいた彼は今は私の隣にいる、それを良しとする自身に少しでも嬉しいと思ってしまう私自身に吐き気がした。どこまで狂わしてくれるのだろうか
自嘲気味な笑みを浮かべ、私の瞳は真っ直ぐロードを捉える。そして一つ、どことなく予想のついている答えを思い浮かべながらもそれでも、口を開き言葉にした

「あんたは、」

「?」

「あんたは、私が敵ならどうする?」

「は?」

意味が分からないと怪訝そうにするロードに私は笑う。可笑しな奴だと思うのだろう、何を言い出すのかと、馬鹿な奴だと思うのだろう。それでも聞きたいんだ。私を殺すのか生かすのか、躊躇するのかしないのか。ちらりと口を閉じた彼を伺う。ぼんやりと宙を見つめる彼は果たして私の問うた言葉の答えを考えているのだろうか、それとも答える必要はないと吐き捨てるのか

「殺すな。俺の邪魔をするなら」

「…躊躇すること、なく?」

「あぁ」

慈悲なんてない、氷のように冷たいその瞳が私を捉えて離さない。その答えを出すことなど知っていた、そう知っていたんだ。こいつと3年間いたんだ、こいつがそういうやつだってことは分かっていたじゃないか。それなのに、それなのに…

―どうしてこんなにも苦しいのだろう


「…それだけか?」

「あぁ。悪いね、いきなり訳の分からないこと聞いて」

「…………」

震える唇を必死に隠す、そして逃げるようにしてその場をあとにした。分からないことだらけで…、何故あんな質問を彼にぶつけたのか、何故こんなにも苦しいのか。私はただ彼が少しでも躊躇してくれると心の奥底で願っていたのかもしれない。"迷う"という心を。そんなことあるわけがないのに

「…はっ、とんだ大馬鹿野郎だね、私も」

自分よりも私を選んで、なんて。それこそ陳腐な台詞に軽く自嘲しつつ、私はその場に立ち止まり彼が見上げているであろう同じ夜空を同じように仰ぎ見た




(もしこれが恋というものだとしても彼奴に届くことはない)
(彼奴の瞳に"私"はいないのだから)


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