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"ここは巨人がいなければわりと住みやすいところ、けれど何にも囚われることなく自由に生きていた方が楽ね。そっちの方が私は好き"

まるでこの世界にはない自由を知っているかの口振りに触れなかったのは簡単に全てを知ってしまうような気がしたから。敢えて彼女の視線を気にしなかったのは面白くなかったから
思い出されるのはシシリーに拾われた数日後、独り言のようにしかしながら俺の耳に届くように口にした言葉。唐突に提示された疑惑の渦に俺は何事もないように振る舞った。あれは、彼女は少なくとも何かを知っている。例えば壁外の世界の、今だ人類が見たことのない世界なのかもしれない。例えばそれとは違う他の、俺と同じような異世界に広がる世界なのかもしれない。その事を分かっていながら俺は彼女を問いただすことはしなかった

「………、」

はっきりさせときゃよかったと今更ながらに思うがもう遅い。ゆっくりでいい、ゆっくりもとのあるべき場所に戻れる方法を見付けていこう。不意に思い出した彼女の意味深な言葉への結論を見出だし冷めているであろう紅茶の入ったコップへと手を伸ばした

「人類は…巨人に勝てない」

いつの間にか静まり返っているホール内に、そして周りの人間が皆して同じ場所を凝視していることに疑問を感じながらゆるりと視線を動かす。そこには先程まで俺のもとへいたエレンとよく彼と喧嘩をしていた男の姿。こんなところでも喧嘩とは随分と血気盛んな奴等だ。一瞬にして消え失せてしまった興に再び視線を戻し紅茶を一口喉へと流し込む

"人類は巨人に勝てない"

それは正しい答えだと心に何処かで密かに賛同した。あの巨体な身体を持つ異様な生態をした生き物にいくら武器があってもいくら訓練を受けたといっても簡単に勝てるものではない。況してや、壁外には想像もつかないほどの数で生息している。しかしだからといってそれは"現状"であり"未来"ではない。進むことを諦めてはそれは死と同じ。自由を完全に手放し、巨人に怯えながら家畜同然になっているものの何処が"生きている"といえるのか

「………」

怖けりゃ逃げればいい。あいつが言っていた"弱い奴は死に方も選べない"と。奴らはまさにそれだ。弱いやつの、戦う意思のないやつの末路は皆同じ。巨人に恐怖し巨人に喰い千切られるか、丸ごと呑み込まれ腹の中でゆっくり消えていくか。その死はどれも滑稽な終わり方で、かといってそれを選ぶのは本人であると巡るめく思考を閉ざした

ここにいる必要はもうない。さっさと部屋に戻って本の続きでも読もう
かたりと音をたて席を立つ。いつもなら陽気な空気に紛れるその音もこの場では嫌というほど大きなもので。渦中の二人も、二人を見ていた周りの人間たちも皆俺へと振り返った

コツリ

しかしその視線を気にすることなく一人扉へと向かえば慌てたように呼び止める男の声で足を止める。振り返ることはない、それはこの騒動に関わりたくないから。その意思をもってしても足を止めるのは少し、ほんの少しだけ彼がどれだけ面白い言葉を連ねるのか気になったからで

「お前は…どう思うんだよ、ロード」

それは何についての思うなのか。憲兵団のことか、エレンの夢かそれとも巨人に人類が勝てるかどうかなのか
考えられる意味はいくらでもある、それでもだからと言って俺には答えようのないものだとあっさり切り捨てた。憲兵団に入りたければ、内地に行きたいのならば行けばいい、そのことで責めるものは誰もいない。エレンの夢を馬鹿にするならばすればいい、お前たちが自由という感覚を知りたくなければ。この世界が表す混沌は、真実は誰にも解けないし行き着くことだってない

「どうだろうが俺には関係のないことだ」

世界の美しさを解くのが先か、人間の絶滅が先か、結果なんて誰にもわからない

「内地に暮らそうと巨人に勇敢に立ち向かおうと選択した生き方を全うすればいい。…ただ」

一つだけ分かった。どこの世界に行こうとそれは共通していることで

「闘う事を諦めれば、それは存在する価値すらない」

そう、なんの意味もないのだ。形は違えど闘うことで存在価値を見いだす、それが世界の在り方であり世界の求めているものであるから。調査兵団は巨人と戦うことを選んだ、なら憲兵団は、駐屯兵団は。それはその兵団に入ってじっくり考えればいいことだ

「…まぁ、精々後悔しないことだな」

誰も口を開こうとしない、ただここにいる者達はじっと俺を見ていた。これ以上は意味をなさないだろう。止めていた足を動かしてはドアノブに手をかけその空間をあとにした


(この先、どんな未来が待っているかなんて…それは神のみが知ること)
(ならば足掻けばいい。そして奪えばいい)
(平穏な世界に飛び立つための自由の翼を)



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