15


闇夜を幾つもの薄明るい松明の火が照らす中、列を乱さず並ぶ訓練兵。張り詰めた空気の中、厳かに響いた教官の恫喝に一斉に彼等は敬礼をした。

「心臓を捧げよ!!」

『ハッ!!!』

入団当時と同じ光景。しかし、彼等の顔つき、纏う空気はあの時とは違う。精悍な顔付きで公に心臓を捧げるのは、三年間の地獄のような訓練を生き 抜いた勝者達。その一糸乱れぬ所作に満足した ように深く頷いた教官は、再び口を開いた。

「本日を以って訓練兵を卒業する諸君らには、三つの選択肢がある!!壁の強化に務め、各街を守る"駐屯兵団"!!犠牲を覚悟して壁外の巨人領域に挑む"調査兵団"!! そして王の元で民を統制し、秩序を守る"憲兵団"!!…無論新兵から憲兵団に入団できるのは、先ほど発表した上位10名だけだ!」

卒業兵218名の内の上位10人の背中を後ろから眺めるも周りの人間たちのように凄いだの彼等の背中が遠いだのといった悔しさは全くない。それは俺が自らの意志でその座から手を引いたから。憲兵団という巨人の危機から最も遠いモノになる気はない、ならばそこを望むものたちに選ぶ権利を渡せばいい。この世界に無関心でただ見下ろすだけだった俺をあの生物はあろうことかこの地へ引き釣り下ろしてきた。ならば俺は奴等に答えなければならない
あちらへ戻るまで俺は奴等を殺し、調べあげる。こういうのは得意だ

「後日、配属兵科を問う。本日は、これにて第104期"訓練兵団"解散式を終える…以上!」

『ハッ!!!』











解散式終了後、いつもの食堂より豪華な場所へと案内される。それは訓練兵を卒業した者達の特権であり、これからの働きを期待するという意味を込めてのものだろう。目の前に並ぶ料理の品々を見て食べられそうなものをフォークで刺し、口にいれては無言で咀嚼した

「…ロード」

「?」

声のした方へ視線だけを寄越せば、料理を一切食べず顔を俯けて突っ立っているイェーガー。何時もの明るい雰囲気はどこへやら、きゅっと苦しそうに眉を潜め顔を歪ませる彼に疑問を思いつつ、何か言われるのを待つ。声を掛けられたからには話しはする、こんな表情をする理由すら簡単に読めるのだから。こいつは10位以内に入った、それは本人も喜ぶことであるが彼は俺がそこにいないことに罪悪感を感じているのだろう。訓練中、俺はこいつに劣る点など一つもなかった。にも関わらず俺が入っていない結果に納得いかないといったところか

「……俺、」

「お前は成績上位者に入った。何時ものお前なら同じ仲間と喜びあっているはずだろ。なのになんだ?その面は」

「っ、なんでロードがいるはずの場所にいねェんだ」

「それは教官が決めること。もう結果も出た、今更ごちゃごちゃいっても意味はねェよ」

「……」

余程俺が入っていないことが気に食わないのだろう、いくら言葉をかけても表情を和らげようとしない。寧ろ悪化している。そこまで俺の結果を自分のことのように思って何の特がある、浮かび上がる言葉は音になることなく消えていく。分かっている、こいつがこういうやつだってことを。わかっていた、こいつが俺に憧れを抱いていることを。だが、出された結果を信じるのは間違っている。この結果は"教官から見た俺"への評価に過ぎない。脆い人間達のいるもとで力を出すことなど自殺行為でしかないのだから
子供らしい彼に呆れながらも俺は何時ものように手を俯けている彼の頭に持っていき撫でてやる。そして物わかりの悪い餓鬼に納得させるよう言葉を紡いだ

「ここにいる奴等の殆どは憲兵団に所属することを望んでいる。そいつらに一握りの可能性を与えてやっただけだ。俺は憲兵団になど興味はねェからな」

「っ!!じゃあ、ロードの所属希望って何処なんだ?」

「何処でもいい」

「なら、調査兵団に入らねェか?」

先ほどまでの沈みようは何処にいったのか、今度はうって変わってキラキラと期待に満ちた眼差しを向けてくるイェーガーに溜め息をつく。コロコロと表情を変える、急わしないやつだ。しかし嫌悪感はない。信頼しているわけではない、俺の邪魔をした時は迷わず殺せる存在のはずなのにそれを考えたとき少しでも躊躇う自分がいて。変化し続ける感情に思わず嗤った

「?どうした」

「いや、何であもねェ。お前もさっさと食え、時間がなくなるぞイェーガー」

「…、そのイェーガーっての止めろよ」

「は?」

「もう、付き合いなげぇんだからさ」

目を瞬かせイェーガーを凝視すると彼も同じように俺の双眸を真っ直ぐといぬく。思わぬ申し出に一瞬思考が反れるもその言葉を飲み込み彼の望んでいることを口にした

「さっさと食え、エレン」

「っ!!あぁ!!」

ふわりと喜びを隠すことなくはにかむエレンの口に持っていたフォークを突っ込むと驚きはしたもののその笑顔は絶えない。その表情一つに頬が緩んでしまう俺は随分安い男に成り下がったのであって。いやそれよりもきっとエレンとあの子供だけは俺にとっての唯一の曲者なのかもしれないだなんて
もう一口と弟のように甘えてくるエレンに、面倒臭いと顔に出しながらも拒むことなく料理をその口へ放り込んだ

「それにしても、お前は何故調査兵団に?内地に行きゃ安泰じゃねェか」

「…壁の外の世界が見てェんだ。自由を、手に入れたい」

―昔はよく笑われてたんだけどさ
この世界にとっては夢物語に過ぎない光景を俺は当たり前に見ているもので。百々のつまり、俺にとってエレンの夢は悲観的なモノでしかない。まだ見ていないのか…、しかしそれを晒すわけにはいかずいい夢じゃねェかとかれの彼の夢に賛同した

「ロードは馬鹿にしねェのか?」

「してほしいか?」

「んなわけないだろ!!」

必死に取り消そうとする姿を横目にふと頭に浮かんだ提案を口にしようとエレンを手招きした。こいつになら言ってもいいだろう、こんなにも外の世界に焦がれているのだから。それにこの世界と俺の世界が同じであるとは限らない。海には海王類や魚人族。陸には人間や巨人族。他にも解明されていない種族か数えきれないほど存在する夢のような世界が此処にも広がっていればそれもまた面白い
首をかしげながらも椅子に手をおき前のめりになるエレンの耳に唇を寄せた

「外の世界のことを知りたければ教えてやる。俺の知る限りで…な」

「っ!?」

くつりと喉で笑いその耳から離れると大きな猫目を更に丸くしたエレンの瞳にゆるりと視線を投げるも唇は弧を描いたまま。残酷な世界でそれでも希望を灯し続ける少年にこの世の形を教えてやろう。正当な答えなど持ち合わせない世界の美しさというものを

「…さっさと飯を済ませてこい」

「あぁ!!」

今だ理解できていない脳をそのままに自分の席へと駆けていくエレンに目を遣った



(「あの男…、やっぱり許せない。項を削いでやる」)
(「ちょ、ミカサ落ち着いて!!エレンだってもうこっちに戻ってくるし!!」)


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