■ 最強チーム(庭球)

最強チームネタ


‐‐‐




 パシッと、空気を割く音。
 前後して放たれた球が獲物を捕らえた鷹のように急降下し、芝生を抉る。
 わーっと響き渡る歓声が華を添え、審判が声高に得点を叫ぶ。
 両者一歩も譲らぬ試合だ。決勝戦だから無理もない。此方が王手を掛けるや否や、先方がチェックメイトする。終焉を告げる一枚のジョーカーが互いのコートを行き交うが如く、打球は地面を貫くのだ。一点一点が鉛のように、重たい。それも、非常に。

「…またデュースだ」

 裕太が、ポツリと呟く。
 会場は歓声で埋め尽くされているというのに、やけに裕太の声が南の耳にこびりつく。裕太がベンチに座っているおかげで表情こそは読めないが、きっと眉間に皺が寄っているに違いない。


「大丈夫だ、裕太」

 南は身を乗り出して後ろから裕太の肩をポンと叩いた。励ますつもりで軽く叩いたが、裕太の肩は何か得体の知れぬ物に触れられたかのように大袈裟にびくっと震える。


「み、南さん」

「なんだ、その表情は」


振り返った裕太の表情は思った以上に青ざめていて、南は思わず苦笑いを浮かべてしまう。唇なんて真っ青だ。相当、参っているらしい。


「そんな顔するなよな。仮にも切原だぞ?」

「わかって、ます…けど」

「立海のエースがこんなとこで負けるかよ」

 自分に言い聞かせるように、言う。切原は強豪が集う立海のエースだ。スタミナだってあるし、パワーはチーム1ある。いっそ、山吹に欲しいぐらいだ。そんな切原が、意地を掛けた戦いに負けるはずがない。絶対に。


「リーダーがそんなんじゃ、頑張るにも頑張れないよ」

 南の横から、ひょいっと顔を出して千石がウインクする。その千石に続く形で、観月が「無駄な心配ですよ」と顎でコートを示した。
 ちょうど視線の先で、切原のスマッシュが地面を跳ねたところだ。

「信じることも大切だぞ。たった1ヶ月間のチームでも、俺たちは仲間なんだから」

 南の言葉に、千石はこくりと頷く。観月に限っては涼し気に眼を細めてはいるが否定はしない。

 たった1ヶ月。
 確かに月日にして考えれば、たったの1ヶ月だ。けれども、この1ヶ月間。確かに仲間だった。
 コーチなどおらず、突然リーダーに抜擢された裕太の、裕太なりに考えた練習メニューを、皆が皆、一生懸命に取り組んだ。時にはミーティングをし、それぞれの知っている練習方法を混ぜ合わせたこともあった。意見の衝突は頻繁にあったし、それから喧嘩もあった。慣れないメンバーへの戸惑いや、新しい練習方法による怪我も多かった。練習試合に負けた日には、互いに一言も口を聞かないまま帰ったこともあった。だというのに週末には決まって千石が皆を引っ張る形で遊びに出掛けた。
 テニスしたり、遊んだり、テニスしたり。
 そんな1ヶ月間だったけど、確かに、仲間だった。


「そう、ですね」

 そうだ、そうでしたよね、っと裕太は笑ってみせる。何かを思い出したような、否、何かを確信したような清々しい笑顔だ。
 裕太は弾けるようにコートへ向き直ると、「赤也!次で決めろ!!」と声高に叫んだ。その背は、先ほどのか弱さなど微塵もない。
 チームを背負う、リーダーの威厳に満ち溢れている。
 


  ☆☆



「まったく裕太くんは単純ですね」


 しれっと観月が発する言葉に、南は腕を組んだ。視線は、裕太の背の向こう、ラケットを構える切原にある。


「状況は思わしくないのは当然だ。俺たちは信じるしか無い」


 眼が離せない試合だ。南観月のダブルスで先手はとってあるものの、ここで負ければ次の試合へ持ち越すことになってしまう。それこそ、背水の陣だ。もう、後がない。
 いや、そもそも【持ち越す】という概念など無いのだ。あり得はしない。切原なら、やってくれるはずだからだ。この試合で、決めてくれる、はず。


「…さてと」

 南の横、よいしょ、っと千石が大きく伸びをした。右手にラケットを添えて、己の肩をトントンと叩く。

「千石くん、アップですか?」

 観月の問いに、千石は、舌をちょぴり出して「いんや」と言う。

「お手洗いだよ」

「ラケット持って便所に行く奴がいるかよ」

「盗まれたら困るじゃん」

「誰が盗むかよ、そんなボロボロの奴」

 南のツッコミは痛いなぁと千石は笑ってみせる。笑ってはいるものの、ついと細められた瞳の奥はまた別のものを捉えている。


「2年生を心配させるわけにはいかないんだよね」

 ポツリと、千石の唇から言葉が漏れた。歓声の波に投じた言葉。揺れる波紋に隠された意図に、南は言葉を失う。
 コイツも信じたいんだ。切原を。
 だが、置かれた状況がそうさせない。いや、違う。経験がそうさせないのだ。
 切原は負けない。負けないと信じたい。けれど、――。


「ほら、早く行ってらっしゃいな」

 騒音の間に落ちた沈黙を割くように、観月がそっけなく言った。「表彰台に間に合わなくなりますよ」と。


「…そうだ、千石。直ぐに戻ってこいよ。切原の奴、あっと言う間にキメてしまうぞ」


 言葉と同時に、バン、と千石の尻を叩く。日頃の鬱憤と、少しの愛情を持って叩いたつもりだが、どうやら力の加減ができなかったらしい。「痛ッ!」と悲鳴を上げて、千石はよろめいた。そのまま抜け出す形でベンチを越えてから、吐き捨てるように叫ぶ。

「何すんだよ!南のバーカ!」

「ほら、とっとといけ」

 しっしっと手を払う。払えば千石は今にも噛みつかんという勢いで、いーっと歯を見せ、それから踵を返した。その一連の様を、付き合ってられないとでも言いたげに観月は肩を竦める。

「いつも山吹では、あんなやり取りをしているのですか?」


「うーん、どうだろう?」


「まったく、裕太くんの誘いで渋々このチームに入ったものの…やっぱりあなたがたのセンスには付き合いきれませんよ」

 大袈裟に溜め息をつく観月に、南は苦笑いした。よく思えば、観月の小言にも慣れてしまったいた。1ヶ月間、ダブルスを組んでいたおかげでもあるが。


「あれ、観月さんどうかしましたか?」


 裕太が上半身だけ、逸らして後ろを振り返る。観月は、やれ、と溜め息をついてから、

「千石くんが、お手洗いだそうですよ」と言った。それから、「賞味期限切れのポッキーをコッソリ食べていたのが当たったらしいです。変なところまでラッキーですね」と付け足す。

 裕太は何のことか分からず頭を傾げていたが、南は内心「そりゃ、ラッキーというよりはアンラッキーだろう」とツッコミを入れた。とても密かにだけれども。

「さぁ、次は切原くんのサービスですよ」

 観月が嬉々と言った。一陣の風が、観月の柔らかな髪を撫でる。
 コートでは、切原がボールをついている。何かを確かめるように、トン、トン、トンと跳ねる球。
 あれは、と南は思った。あのフォームには見覚えがあるからだ。チラッと横を見る。観月がこくりと頷いた。裕太なんか立ち上がって、左手で拳を作っている。


「「「行けーッ!」」」

 ほぼ、同時に三人は声を揃えた。
 それに呼応するかのように、切原がボールを空へ投げる。
 南は一瞬だけ、千石の顔が思い浮かんだが、次の瞬間には脳裏から消えてしまっていた。
 放たれた弾丸のようなボール。
 地鳴りのような歓声。
 そこから沸き起こる歓喜。
 全てが、一瞬で生じ、一瞬で曝ぜた。





(13411)
日記の内容を文字にしてみました^^
相変わらず庭球に向かない文章タッチですみません;

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