■ 逆光(南石)
「好きだ」
風が、吹いた。
春の、ほんの少し暖かな、それでいて柔らかい香りのする小さな風が、フワリと駆けて、南の黒い髪を撫でる。
スマホでプリクラを整理していた俺は、レギュラーの皆で撮ったプリクラを南へ見せようと顔を上げたところだった。ちょうど南のワックスで固めた髪が揺れたのは。
「え…と、南もプリクラ好きだったんだ?」
「違うって」
「違うって、何がよ?」
「あー、もう!何度も言わせるなよ」
「何度もって言われてもよくわかんないけど」
「だから、その、俺はお前が――、」
千石清純が、好きなんだって。
そう、聞こえたような、気がした。
気がした、というのは、事があまりにも唐突だったので、直ぐに認知できなかったから。
えーと、つまりはその…。
南は俺が好きで…って…!?
「えええええええええええええ!???」
「こ、声が大きいだろ!」
恥ずかしい!っと南に頭を小突かれる。
昼休みの屋上は俺と南だけで、後は誰もいない。ちょうど東方は売店へ買い出しにいったところだ。もしここに、クラスの誰かがいたとすればそれはそれはもう大層なことになっていただろう。現に二人だけとはいえ、収束がつかない事態になっている。うん。
「ちょ、えー!??それってモチロン、友達としてだよね!?」
「違う」
違うと、思う。と、南は俯きながら付け足す。
「お前のちゃらんぽらんなところ、始めはムカついていたけどさ。実は影で努力しているんだよな。皆が見ていないところで、手のひらが豆だらけになるぐらい努力して努力して。だから、ラッキーなんだ。」
努力に裏付けされたラッキーなんだよ、って。
そんなこと、言われても。
とても、とても、困る。
どうすれば良いか分からなくてバカ見たいに口をぽっかり開けている俺を、今度は真っ直ぐ見つめて南は息を吸い込んだ。背景を彩る太陽が、逆光となって眩しいことこの上ない。
「一生懸命努力しているところだとか、変に自慢しないところだとか。いつも笑って皆を和ませるところだとか…総て、ひっくるめて。好きです」
間が悪いのか、南の告白と前後してブルブルと手元のスマホがなる。
いや、この際、天の助けなのかも知れない。
俺は慌てて立ち上がるなり、スマホを耳に当てた。
<焼きそばパン売り切れだからアンパンとメロンパンにしだぞ。どっちが良いか南と決めておいてくれ。ちなみに俺はソーセージパンしたから>
声は、売店へ買い出しにいった東方のものだ。
俺は適当に相槌を打ちながら、ちらりと南を、見た。
恥ずかしそうに俯く、南。
耳は赤くなってるし、肩なんか丸くなっちゃって。
らしくないぞ、南。
ほんと、キミってば地味なんだよね。
告白する勇気があるんだったらさ。
どうしてもう少し早く言ってくれなかったんだよ。
本当は、俺も、南のこと、少しだけ、好きだったんだぞ。
<千石、聞いてるのか?>
「あー、うん。聞いているよ。俺、ソーセージもらうから南と東方で相談してね」
おい、ちょっとまて。
っと電話の向こうで声がした。
俺は最後まで聞かないまま耳からスマホを外す。
屋上から見る景色はとても綺麗で、青い空には雲ひとつない。
放送室から流される流行りのポップスと、学生の笑い声が織り交ざって鼓膜の奥を鬱陶しくも揺さぶる。いつもなら何とも思わないのに、今日は、変だな。やけにうるさく感じるぞ。
もう一度、今度は盗み見るようにして南の横顔を見る。
南の、横顔。少しだけ焦げ茶色だ。
南、少し焼けたな。いつの間にコンガリさんになっちゃったんだろう?
それはそうと、南、眉毛ぐらい整えろよ。
南、ワックス取れかかってる。
南、白蘭は汚れが目立つんだから、黄ばんだらすぐにクリーニングに出さないと女の子にモテなくなるぞ。
南、柄にもないこと言うから、気まずくなっちゃったじゃん。東方が戻ってくるまでどうしたらいいんだよ。
…。
………。
南、メンゴ。
一度は諦めた恋だから、もう、後戻りはしないんだって。
そう、決めてるんだ。
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20140330
4/1のエイプリルフール(テニプリサイトジャック)で上げる予定だったもの。南→千石v誰かさんをイメージしました。