夏の影
「うわっ!!」
『きゃっ!』
急にパラパラと降り出した雨…
咄嗟に彼女の手を掴んで走り出した
「先生!こっち!!」
どこか雨を凌げる所はないかと意識を張り巡らせて、軒下に飛び込んだ
「天気…もつかと思ったけど…」
『…今日に限って、折りたたみ忘れたみたい…』
先生の眉がハの字になる
かわいい―…
「ごめんね…ボクも傘持ってなくて…」
『謝らないで…。誰も悪くないんだから。暫く、ここで雨宿りしましょ♪』
「…うん♪」
思いがけない突然の雨に、小さな軒下に先生と二人きり…
この狭い空間に肩を寄せ合うのにも…緊張する
濡れたシャツも気にしないで、笑う先生をもっとずっと見ていたくて
このまま時間が止まればいいと思った
「先生、もっとこっち…濡れちゃうから…」
震える腕にギュッと力を込めて、先生の肩を引き寄せる
『え…?野々原く…』
顔を赤くする先生…
ボクのドキドキは、先生に聞こえてないよね…
軒に叩きつけるような音が響き、雨が更に強くなる
『…すぐに止むかなぁ…』
先生の不安そうな声にドキリとした
どうか降り続いてほしいと願っていたから…
ほんの数分前、偶然に先生に会ったんだ
先生は本屋に参考書を買いに来てて、ボクはそこに居合わせたんだ…
ボクにとっては恵みの雨…
「夏の雨って、すぐに止むでしょ?大丈夫だよ♪」
ホッとしたその表情にチクッと胸に痛みが走る
「…誰かと約束…してるの…?」
『…うん。……彼…と…』
彼…って…
彼氏だよね…どう考えても…
そりゃ、先生みたいにチャーミングな人に彼氏がいない方がおかしいよね…
「…時間、ないの…?」
『連絡すれば大丈夫よ…』
そう言って携帯を取り出す
雨の音に全く合わない機械音をさせて、メールを打ってる
「あ、先生!ちょっとここで待ってて」
『え?野々原くん!』
近くにコンビニがある事を思い出して、ボクは雨に濡れて走った
淡い恋心を…洗い流して…
先生が時間に遅れないように…
雨に濡れないように…
コンビニで傘を2本買って、先生の所に戻ろうとすると、急に雨足が弱くなって…
雨は完全にあがってしまった
ボクの目の前には、先生が立っている
「先生!濡れてない…?」
急いで駆け寄ると、真っ赤な顔をした先生が…
『もう!野々原くん、無茶するんだから…』
カバンから小さなタオルハンカチを取り出して、ボクの濡れた頭を拭いてくれた
「先生!ボク、大丈夫だから…。もう、使わないかもしれないけど…。…はい、傘…」
前髪から滴る雫が先生の手の甲に落ちる
ニコッと笑いかけて…
「こう見えてもボクは男の子だからね♪これくらいじゃ、風邪もひかないよ…」
心配そうな先生の顔が、雲の隙間から射しこんできた光りに照らされる
「先生!ほら、あそこ…」
ボクの指差す方に目を向けてくれて、笑顔になる
『…虹…?…綺麗…』
そう言った先生の方が綺麗なのに…
「遅れちゃうよ、先生…。またね♪」
傘を先生に渡して、ボクは逆方向に歩く
タタタ…
とボクに近づいてくる足音がして…
横に先生が並んだ
「…?…先生…?」
『私もこっちなの…途中まで一緒に行こう?』
二人並んで歩く
背中から太陽が完全に顔を出したみたい…
ボクと先生の影が伸びて、同じようにゆらゆらと揺れる
先生に彼氏がいても、ボクは先生が好きだよ…
さっきみた虹も
今、一緒にあるいているこの時間も
ボクと先生だけの空間…
笑顔の先生が大好きだから…
-end-
2010.07.08
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