KINDAN | ナノ





胸の痛みを愛と呼ぶ







「深國です。担当は英語。もちろんここの卒業生で篠原先生の生徒でした」



教育実習で戻ってきた母校

そして、あの頃と変わらず迎えてくれた先生の久しぶりに見る笑顔が眩しい



『もう、いつの間に教師を目指してたの?相談くらいしてくれても良かったのに…』

「これからしますよ、先生…」

『なんだか、喋り方も大人っぽくなったのね?』



笑う時、いつも口元に手をやるその仕草も変わってない



「一応、学校だからねぇ〜♪じいさんにきつく言われちゃってさぁ〜」



生徒に聞かれないように耳元に顔を近づけると、途端に俺を意識して顔を赤く染める美花ちゃん

素直すぎるその反応も変わってない…

一瞬、教育実習で学校に来てる事を忘れてしまいそうになる



『深國くんが英語を選択したのには少しだけ驚いたけど、その反面嬉しかったり…』



彼女の目線が屋上へと向けられたのがわかった

きっと、昔の俺の事を思い出してるんだ…





「二度とここに来るな!」



「俺に…構うな…よ…」





何度、美花ちゃんを拒絶する言葉を吐いても彼女は俺を見捨てなかった

上辺だけじゃない…

心と体でぶつかって来て、俺は心を開いたんだ

だけど…

俺も、美花ちゃんも…

禁断の扉をお互いに開ける事はないまま

俺は高校を卒業した

それ以来の再会…


あまり乗り気のしなかった教育実習だったけど…

美花ちゃんに会えて

…良かった…



『深國くんは、いい先生になりそうね♪』

「…そうかな…?」



自分が本当に教師になろうとしているのかも把握できていないのに

美花ちゃんは嬉しそうに俺の隣で教材を抱え込みはにかむ

この笑い方も…そのまま

俺の好きになった…美花ちゃんだ

彼女の笑顔は忘れていた恋を思い出させる


美花ちゃんと歩調を合わせて職員室へと戻る

誰かに見られていると感じ、視線をやると

斎藤先生だった

この先生…昔から苦手なんだよねぇ…

悪い人ではないんだけど…



「深國先生、ちょっとよろしいですか?」

「…はい…」



目が合っちゃったからねぇ…

心配そうに見ている美花ちゃんにニッコリと微笑んで斎藤先生の前へ…























『あったま、きちゃう!』



何で、美花ちゃんが怒ってんだろう



「斎藤先生は生徒の事を思って、俺に釘を刺したんだし」



研究室に着くなり、ほっぺをプックリと膨らませる美花ちゃん

彼女は自分が馬鹿にされても怒らないけど、他人の為に怒る事の出来る人…



『だからって、まだ何の騒動も起こってなにのに…』



俺よりも怒る彼女を見ていると、怒る気なんてなくなるのに…



「ちゃんと先生するよ〜♪斎藤先生の言い付けも守って女子生徒の誘惑にも乗らないし!」



美花ちゃんを安心させたくて

美花ちゃんに認めてもらいたくて…

自分自身に誓う



「だから、そんなに怒らないでよ…先生…?」



俺の言葉に困った表情を見せる彼女…

そんな顔をさせているのは…俺か…



『もう…深國くんがそんなだったら…私、怒れない…』



美花ちゃんを抱きしめたい衝動を抑えて、拳をグッと握り



「じゃ、次の授業の用意をしましょう!篠原先生」



仮面を被る

美花ちゃんのそばにいたいから…




















生徒と教師の時よりも今の方が障害が少ないのに、あの頃よりも勇気を出せないのは…

俺が大人になったからなのか…?

彼女の困った顔を見ると、今一歩踏み出せないでいる自分がもどかしい

早く大人になりたかった

美花ちゃんと同じ目線に立って、同じものを見て共有したかった

前よりも近くに居るのに…

近すぎて、どうしていいのかわからない

美花ちゃんのそばで、彼女がどんな風に生徒を見ているのかを知ると…

何故か

高校生だった頃の自分に嫉妬さえしてしまう


こんなに心の狭い男じゃなかったのにね…?

もし…あの頃…

禁断を冒していたら…?

好きだと自分の気持ちを伝えていたら…?

きっと、子供だった俺は美花ちゃんの立場も考えずに

一緒にいたら、ずっと好きでいたら彼女を守れる…なんて青臭い事を思っていたんだろうね…

少しだけ自分の行動を偉かったと思うよ…

気持ちに流されなかったから

ホンの数年しか経ってないけど、回りを見る事を覚えたのかも

でもそれは、美花ちゃんと出会ったからこそ考えられるようになった事で…

俺は、人としてはまだまだ





俺の好きになった人は…

見た目は小さいのに、心の大きい人で…

敵わない…いろんな意味で…

せめて、貴女と同じフィールドに立ちたい



『深國くんと一緒に働けたらいいな…』



…待っててくれてるんだ…

その時が来るのを…

なんとなくそう感じ、彼女に笑いかける



「…うん…そだね…」



曖昧な返事を残す



『…待ってる…から…』



美花ちゃんが服の裾をキュッと握る



















禁断の扉を開けなかった俺たち

だけど、お互いの心の距離は確実に近づいていると確信した



「授業始まりますよ?篠原先生!」



ごめんね、すぐに答えてあげられなくて…

この胸の痛みは美花ちゃんにもあって

同じ痛みを分かち合ってる



『行きましょうか、深國先生!』











-end-

title: 静夜のワルツ様

2011.07.11

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