MUSICIAN | ナノ





貴方中毒





『はぁ〜…』




『ふぅ〜…』




練習スタジオの扉が開く度に視線がそちらに向き、ため息ばかり吐いてしまう

現れるはずなんてないのに…



「おい!」



案の定、この声の主に怒鳴られる



「全然集中してねぇな!」

「まぁ、そう言うな…。雅楽…」

「そうだよ!乙女心をわかってやらなきゃ」



キッと雅楽に睨まれて…



「気持ちはわからない事もねえけど、今のお前を見てガッカリするのは佐藤だろうが!」



佐藤…

この名前に反応してしまい、雅楽の言葉が重く私に伸しかかる



『うん…ごめん。ガッカリさせたくないもんね…。雅楽、叱ってくれてありがと…』



私のその言葉になぜか顔を赤くする雅楽



「ば…、お前叱られて礼を言う奴があるか!…まっ、それがお前のいいとこでもあるか…」



そう言って私の頭に手を乗せ、クシャッと髪を触る



「あっ!ガッくん、セクハラー」

「セクハラじゃねぇ!!」

「いい加減にしないか!」



いつもの仲間たちといつもの変わらない風景…

ここに足らないのは…彼だけ…


不意に背中をポンポンと叩かれる

振り向くと、そこには優しい笑みを零した瑠禾が立っていて



「ドンマイ!」

『…瑠禾…』



皆が私と堅司さんの事を気にしてくれている

その気持ちが嬉しくて瑠禾に笑顔を返す



『ありがと…なんか、歌いたくなった♪』



その私の言葉を聞き、瑠禾が3人の元に歩み寄る



「歌いたくなったって…。練習再開!!」


















堅司さんに貰った鍵を使って彼の部屋に入る

もちろんそこにいるはずの部屋の主は不在で…

真っ暗な部屋に明かりを灯す

いつも忙しくしてる彼だけど、今回はまた特に忙しい

エマノンの特別プロジェクトに関わっているから…

未だエマノンとトロイメライのマネージャーを兼任している彼…

その部屋は何日も彼の帰宅がない事を告げていた

私は毎日ここに来ては夕食を作って冷蔵庫に入れ、手紙を置いて帰る

それがここ数日、そのままの状態だった

それでも

いつ堅司さんが帰って来てもいいように…

今日も夕食を作り、冷蔵庫に入れた

今夜は帰って来て欲しいと願いながら…





そっと玄関を閉じて鍵をかける



――少しくらい連絡くれたっていいのに…



いつもは思わないそんな事まで考えてしまう自分に腹が立つ

鍵をカギ穴から抜けずに、気がつくと目に涙が貯まっていた



『…うっ…け……んじさ…さみし……よ…』



誰もいないその場所は、私の寂しい心に拍車をかける

大きな雫が私の手にこぼれ落ちた

その時、不意に背中に温かみを感じる

それは…

私がよく知っている感触で…

待ち侘びていた温もりだった



振り向かなくてもわかる



『…け…んじさ…』

「すまんなぁ。連絡もせんと…」



私の前に回された彼の腕にそっと触れる

言葉にならない不思議な感覚に、私の心は満ち足りていた



「もう…帰るんか?…明日も早いしなぁ…」



明日なんて…考えたくないよ…



『…やっと会えたのに…そんな事、言わないで…』



愛しい人の温もりにすがるように体を反転させて胸に顔を埋めた



「中に入り……美花?」



カギ穴に差し込まれたままの鍵をまた回し、扉を開けた

もう…一時も離れたくなくて…

玄関に入るなり、靴を脱ぐのも忘れてまた堅司さんに抱きついた



「なんや…今日の美花は、甘えんぼやな…」

『だって…寂しかったんだもん…』



いつの間にか止まっていた涙に、どれだけ堅司さんに会いたかったのかを実感した



「俺もや…。ほんま、長かった…」



私を抱きしめてくれるその腕に力が篭る

堅司さんの背中に回した腕をそっと緩めると、彼の顔が間近にあった事にドキリとする

久しぶりの彼…

胸が高鳴って…

そっと彼の頬に触れると、私の大好きな笑みがこぼれた



「…美花…」



彼が私を呼ぶ声に反応して…

目を閉じた

彼の温度を唇に感じ、胸が熱くなる

最初は軽く触れるだけのキスが、だんだんと私に絡み付き…

私の息を乱す



『…ぁ…堅司さ…』



彼の首に腕を回し、会えなかった時間を埋めるかの様にお互いを求める

長いキスの後、ようやく部屋に入った私たち

堅司さんがテーブルの上の手紙を見つけた



『…あっ、それは…』



手紙を読んだ後、冷蔵庫も確認する

はぁ〜…っと息を一つ吐くと



「毎日ここに来て、夕飯作ってくれてたんやな…?」



なんで毎日ってわかったんだろう…

そんな私の心を読んだ堅司さんは中を指差す



『あ…』



持って帰ればよかった…

いくつも積み重なったタッパー

会いたいとか、帰って来てほしいって事ばかり考えてしまって、詰めの甘い自分にガッカリした

また…怒られちゃう…

無茶したって…

頬に触れた堅司さんの指にビクッと体が反応して強張る

目をギュッとつむり彼の言葉を待つと…

私は堅司さんに抱きしめられていて…



『…えっ?…あの…』

「…帰さへん…」

『…堅司さ…』

「今日は、帰さんから…覚悟しぃ…」



彼が私に近づき、唇が触れる

堅司さんのキスはだんだんと深くなる



『…はぁ…』



足りない酸素を求めて私の息が乱れる

やっと唇を離してくれた彼は



「どんだけ、美花不足やったと思うねん。…優しくなんか、できひん…」

『…うん。…私も、堅司さんが足りないよ…』



今日だけは…

堅司さんと一緒にいたい…

その想いは私も堅司さんも同じで

私が寂しいと感じている時も、彼の体を心配している時も、同じ事を考えていた



「やっぱ、今夜は何もせんと傍におってくれるか?」

『…?』

「ただ傍におってくれるだけで、オッサンは元気になれるんや…」


優しい堅司さんの眼差しが、私を元気にしてくれる



「また明日から頑張らんといかんしな…」

『プロジェクトは…まだ…?』

「………明日から、またトロイメライのマネージャーに戻るで!」









ちゃんとわかってるつもりだった

会えなくても心が繋がっているから、寂しさを感じる必要はないんだって…

でも、会えないだけの不安や寂しさに押し潰されそうにもなった


どれだけ貴方と一緒にいたいか…

どれだけ貴方を好きなのか…






私は……貴方中毒………
















-end-
Special thanks*関西弁監修 かや様

2010.04.29


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