MUSICIAN | ナノ





耳朶を焦がす魔法




「これ…」



瑠禾から渡された1枚のチケット



『ピアノリサイタル…?…RUKA・HAYAMAって…』

「ん…頼まれて…」



頼まれて…って

かなり前から決まってたよね…?たぶん…

だって…



『来週…?』



全然、知らなかった…



「美花に内緒で進めてた…」



内緒で進めてても、来週に迫った瑠禾のピアノリサイタルに気がつかなかったなんて…



「…喜ぶかと思ったのに…」



瑠禾の表情が歪む



『あ、違うの…。これだけ間近に迫ってるのに、私ホントに気がつかなかったんだと…自己嫌悪…』
「…極秘プロジェクトにしてもらってた。…来週、空いてない…?」



瑠禾の問い掛けに私は首を振り



『…大丈夫、空いてるよ…』



漆黒の瞳の鋭さがフッと緩み、瑠禾も笑顔になる



「良かった。はい…」

『うん♪ありがとう!…でも、どうして内緒?』

「…言えない。来ればわかる…」



瑠禾はそれだけ言うと、これからリハーサルだと言って練習室を出て行った



「フ〜ン♪ルカちん、なんか企んでるんだ…」



瑠禾から渡されたチケットを櫂が覗き込んでくる



『企んでる…?』

「美花ちゃんに内緒で極秘プロジェクトを進めてきたんだよね?」



ニッコリと笑う櫂につられて私も笑ってしまう…

でも、ホントに櫂の言うとおりだ

それでも私は瑠禾のピアノリサイタルが楽しみで、櫂と交わした会話もいつの間にか忘れてしまっていた


















瑠禾と会えなくなった事で、楽しみはもちろんだったけど寂しさも込み上げてきていた

それは私の我が儘だとわかっている

だから、口にしてはいけない事も…

その寂しかった日々も終わる


たった1日だけの

瑠禾のプレミアムピアノリサイタル

その日が明日に迫った


リサイタルに着て行くワンピースをクローゼットから出し、姿見にかける

瑠禾が私によく似合うと褒めてくれた特別なワンピース…

何故かはわからないけど、これを着て行こうと思った

そのワンピースに一番似合うヒールも出して、明日の準備が整った


ふと…

櫂の言葉を思い出す



――何か、企んでるんだ…



何で企んでるなんて思ったんだろう…

でも…

その櫂の言葉どおりだったら?

忘れていた事を思い出し、胸の奥がざわつく

櫂って、結構鋭いもんな…

一抹の不安を覚えながらも、眠りについた

明日は久しぶりに瑠禾に会える…
















あらかじめ予約を入れていた美容院にお昼頃でかけ、ワンピースに似合うように髪をセットしてもらう

いつも髪はおろしているけど、今日はアップにしてもらい季節の花飾りをつけてもらった


いつもと違う…


それだけで、背筋が伸びる

歩き方まで変わった気がする

女の子の変身は、ホントに魔法だと思う


瑠禾…気に入ってくれるかな…


時間を確認して会場に向かう

陽が傾き始め、会場が茜色に染まっていた

中に入ると、ロビーは瑠禾への花束で埋まっていた

私でも知っている有名なピアニストやバイオリニストの名前がズラリと並んでいる


瑠禾って…凄い…


席に案内されると、そこは所謂ロイヤルボックス席

私なんかがこんな席でいいのかと思案したけど、他の席なんて空いてないくらい人で埋め尽くされたホールにまた驚きを隠せないでいた


パンフレットをめくると、瑠禾の写真に心臓がドキリとはねる

久しぶりに見る瑠禾…

ほんの1週間会えなかっただけで、初恋の人に会ったような感覚に私自身が驚いた

心臓のドキドキが治まらないままページを1枚1枚めくる

トロイメライの時とは違う表情の瑠禾…

私の知らない顔をしている彼にまた心臓が激しくその存在を主張してくる


ブザーと共に客席の照明が落ち、ステージが明るくなった

拍手の中、タキシードに身を包んだ瑠禾が舞台上に現れた


凄い…緊張してない…


いつもの涼しげな顔で客席に向かって一礼をし、顔を上げた時…

瑠禾の視線とぶつかる

また私の心臓がはねると、それすらもわかっているかの様に口の両端をあげて笑みを浮かべた

ゆっくりと椅子に腰掛けて鍵盤に指が触れた瞬間、瑠禾の作る世界に瞬く間に引き込まれていった

クラシックは、正直私にはわからない…

だけど、瑠禾の指先から醸し出される音楽を私は愛おしいと感じていた

その音を聞いていると、瑠禾の調子がわかる

今日は…

絶好調だ…

微笑んで、楽しくピアノを弾いている

ハッキリと顔が見える位置ではないけど、何故だか確信していた


休憩を挟み、衣装を替えた瑠禾が再び登場した

正装ではあるけれど、タキシードよりもっと軽い感じのスーツでノーネクタイ

背が高いから何を着ても似合う


そして…

前半よりも瑠禾の気分が高まっているのがわかる


後半はクラシックだけではなく、誰もが知っている曲を瑠禾風にアレンジして弾いていた

その中にはトロイメライの曲も…

ご両親と和解のきっかけになったその曲を瑠禾が奏でれば、一瞬だけワッと歓声が起こりすぐに聴き入るように静かになった

その曲がラストとなり、ピアノリサイタルは終了した


…はずだった

だけど、歓声とスタンディングオベーションは収まらず瑠禾が再登場した


一礼をして、鳴りやまない観客の拍手と歓声に応える彼は、とても大きく見えた







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