MUSICIAN | ナノ





‡COLOR‡ 心 ‐white








由貴がいない…

あの笑った時の大きな声も

拗ねた時に尖らせた口も

寂しくて今にも泣き出しそうな目も…

この世には存在しない



「お兄ちゃん!」

「お兄ちゃん…?」



頭の中に木霊する由貴の声が…

俺の心を凍らせる





携帯の電源を入れると、メンバーやさとやんからの着信とメール



わかってる…

わかってるんだ…



ツアーの真っ最中で美花ちゃんが不安に思っているであろう事も…

さとやんが仕事抜きで心配してくれている事も…

龍も…瑠禾も…そして、雅楽だって…


フッ


伊達に何年もあいつらと一緒にいないって…

だから、余計に由貴の事を言えなかった

言ったところでどんなに心配されても、《同情される》としか思えなかった…





由貴にあいつらを会わせても良かったな…

そしたら…もっと、もっと喜ばせてやれたかな…

後悔が波のように次から次へと押し寄せてくる

どこまで後悔したら…

どこまで自分の心を痛めつけたら…

俺は…









夜の海を眺めると、音だけの世界…

海は暗くて全く見えないのに、押し寄せる波の音が俺の心を恐怖に落とす

その恐怖に勝てなくて、夜空を見上げた

暗いからこそ見える星たちがホッとさせてくれる














人は亡くなったら星になると聞く

由貴は星になって俺の事見てるのかな…

一際輝く星に目がいった

なぜか、だんだんと星が滲んできて…

思わず由貴に見られてる気がして、涙を堪えた

由貴との思い出は…

その一つ一つは楽しかった事の方が多い…はず…

なのに…何を思い出しても
後悔ばかりが胸をえぐる

由貴がいなくなった寂しさがなくなる事はない…

目を閉じると、いつも由貴を探してる

どんどん溢れてくる涙を堪えて、一緒に溢れてくる想いも止めて…

由貴ともう逢えないなんて思いたくないから

涙を零さずに…

涙が落ちないように…

星を…また眺めた








毎日毎日、返信のないメールをくれる美花ちゃん

健気だよねぇ…


由貴がいなくなった今、俺には君しかいないと思っているよ

由貴の葬儀の後、冷たく突き放したのは…

自信がないんだ

君と一緒にいると、楽しくて、由貴の事を忘れてしまいそうな自分がいる

それが…怖い…



携帯を見つめた後、留守電を聞いた

ほとんどの留守電は消去した

聞かずに消したものもどのくらいあったかな…

保存してある1件の留守電


【お兄ちゃん、明日からツアーだよね?
早く由貴も元気になって、トロイメライのライブに行きたいな…
お兄ちゃんがベースを弾いて、美花さんが歌っているのを想像するだけでワクワクするよ
いつもみたいに、お土産話を楽しみにしているからね♪
トロイメライのツアーの成功を祈ってます
エヘヘ…頑張ってね!おにぃ〜ちゃん♪】


視線の先には、一層瞬く星が…

なんとなく、あれが由貴なんだと思った

沈んだ心に空も星も優しくて

堪えきれずに…

一粒の涙が頬をつたった…



俺がいなくて…

由貴の願ったトロイメライのツアーの成功はあるのか?

由貴の願いを叶えたい…

最後に…願いを…

俺の演奏を天国の由貴に…












空がだんだんと白んできて、音だけだった暗闇の世界に色をつけていく

それと同時に…

星が見えなくなっていく

でも…だけど…

由貴はそこにいるんだよな…?












水平線の向こうから太陽が昇って来ようとしてる

陽の光りを少しずつ体に浴びると、さっきまで氷の様に冷え切っていた俺の心が、どんどん溶かされていくようだった














『最後の曲は…櫂の妹の由貴ちゃんに捧げます。由貴ちゃんが大好きだと言ってくれた曲です…』


舞台袖にスタンバっていると美花ちゃんのMCが聞こえてきた

さとやんに肩を叩かれて、薄明かりの中、そっとステージに出る




由貴はきっと美花ちゃんのMC聞いて喜んでるよ

ステージの照明が落とされ、俺にスポットライトが当たる

いきなりの俺のソロ…

打ち合わせ…無し



由貴、聞こえてるか?兄ちゃんのベース…



スポットライトってこんなに気持ち良かったんだ…

久しぶりのベースが…

俺に活力を与えてくれる

俺はこんなにも…音楽を愛していたんだ






龍のドラムが正確なリズムで俺を追い立てる

瑠禾のピアノが滑らかな旋律で俺を魅了する

雅楽のギターが激しいビートで俺に戦いを挑む



そして…



こちらを向き、大きな瞳をウルウルさせて
とびっきりの笑顔を見せた美花ちゃんの声が…

優しく俺を包み込む…



由貴…

これが、トロイメライだ

俺の…居場所…





楽しいな…

めちゃくちゃ楽しい





最高に楽しんで、会場のボルテージが最高潮まで達して…

ツアー最終日は幕を閉じた












ステージを降りると、意外にも俺に抱き着いてきたのは…雅楽で…


「…っかやろう…」


雅楽の指が俺の服をギュッと掴む

その一言で胸が一杯になって…

雅楽にかける言葉がうかばなかった


「お帰り。櫂…」


龍が肩を組んでくる


「…櫂、モテモテ?バンド内三角関係に発展!!…でも、俺もくっつく…」


瑠禾が龍とは反対側の腕に絡みついてきた

そして、美花ちゃんを手招きする

龍が雅楽の背中を叩くと俺から離れた


『…カ…イ…』

「…ただいま…」


その一言を言い終わる頃には俺の腕の中に美花ちゃんがいた…













由貴がいなくなると、俺の居場所なんてどこにもないと思っていた

俺の事を必要としてくれる人も、由貴以外にはいないって…

だけど、俺にはちゃんと居場所も必要としてくれる人もいて…












一晩を海で過ごした時、空が白み始めた頃に流れ星を見た

誰かの願いを叶えたんだよね…きっと


white――…‥

それは何もかもを失った俺の心の色だった…

だけど…これから何色にでもできる…

きっと君色になるよ…

美花ちゃん…
















-end-

2009.10.16


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