LAST SONG | ナノ





写真の中のきみは笑う







『透…来たよ…』



春の暖かい日差しが冬の厳しさを溶かし始めた4月

もう何も応えてくれる事のない彼の前に座る



『…また、透との年齢差が開いちゃったよ…ふふ…』



彼の墓前でも笑えるようになった自分に時間の経過を感じる

脳に爆弾を抱えた彼が手術を拒否し、ステージで倒れた悪夢

未だに忘れられないその光景は、私の胸を締めつける



『…でもね、前ほど涙が出ないの…どうしてかな?』



透を思う気持ちは、前と少しも変わってないのに…



「透を忘れたんじゃなくて、悲しみを忘れたから…」

『っ!…理人…』



いつの間にか、私の後ろに立っていた理人

透と一番仲が良くて

もしかしたらあの頃、私よりも理人の方が泣いていたかもしれない


私の隣に座り手を合わせる

今年も忘れずに来てくれた

メディアには一切出ず、アーティストに曲提供をしている

彼の曲は人気で、忙しくしていたのに…



『仕事は…?』

「この日は入れない…」

『…そっか…』

「美花もでしょ?」



黙って頷く

ライナスが消滅した後、私にはスタジオミュージシャンにならないかと話も来ていた

だけど…

私はそれを断り、小さなピアノ教室で講師をしている



「…悪い…遅れた…」



ため息と共にかけられた言葉に2人で後ろを向くと



『瞬!』

「…遅かったね…」

「これでも成田から直行!」



瞬は日本を飛び出して、海外で活躍している

あの頃、嫌がっていたヴァイオリンの世界で…


花を墓石に飾ると、手を合わせた



「やっぱり、アイツは無理だったか…」



残念そうな瞬の言葉に胸が締めつけられる

和哉は、歌舞伎の世界に戻って活躍をしている

今は、地方公演に行ってたかな…



『仕方ないよ。和哉の一存で予定を変える事なんて出来ない世界だし…』

「ん…和哉が一番悔しいんじゃない?」



黙って3人で墓石を見つめる

ここは、透の為にと宗一郎さんが用意してくれた場所

管理も宗一郎さんがしてくれていて…

毎年、事務所宛てに届く花をここに集めてくれている

だから、まだ事務所は畳んでいない

世間に場所は公表していないのに、私が来た時から透のお墓は花で埋めつくされていた



『愛されてるよね…透…』

「…忘れてない人がたくさん…」

「音源や映像も残ってるからな…」



未だにここに透がいない事を実感できていない…

事実は受け止めているはずなのに…



「っ!…澤…」

『…?怜司…?』



こちらに向かってくる人物に目をやり驚く



「悪いな、今日は君たちだけでと思ってたんだけど。今日しか時間が取れなくて」



バツが悪そうに薄く微笑む彼は、シヴァのボーカルの澤怜司

ライナスとシヴァはライバルなんて言われていたけど

彼も高校からの友人



『透も喜んでるよ…』

「美花…」



手を合わせる怜司は、すごく疲れているようにも見えて



「忙しいんでしょ?」



理人にそう言われて、フッと笑みを零す



「…お前もな…?」



こちらを向いた怜司は、なんだか痩せたみたい



『大丈夫?ちゃんと食べてる?』

「俺の心配なんてしてたら、アイツがヤキモチ妬くよ…」

『…アイツ…?』



空を見上げて、大きく息を吸い込んだ怜司が両手を広げる

彼が操っているかの様に風がザーッと吹いて、思わず髪を押さえた



「…ヤキモチ妬いてるね…」

「今日くらいはいいんじゃないか?」



目の前に風に乗った桜の花びらがハラハラと舞う

視線をそちらに向けると、満開の桜があった



「毎年思うけど、必ずこの日のここの桜は満開だよな…」

「へぇ…俺、この日を避けて来てるけど、それでもここの桜は咲いてる」

「…透が、俺たちが来るのを待ってる…」



理人がそう呟いた時、一瞬激しい風が私たちの間を駆け抜け…

桜の花びらが一斉に舞った

あっという間に視界は桜色に染まり…

まるでこの世とあの世を繋いでいる不思議な空間に入り込んだようだった



『…う…わぁ…』



ピンクに染まった世界に息を飲み、すぐ側になんとなく透を感じる

きっと、透が見せてくれたんだね…

頬を掠める春の風に胸が温かくなる



『…透…』



思わず彼の名前を呟き、ギュッと拳を握りしめる



『…私は、私のペースで生きてるよ…』



―――…うん、わかってる…



透の声が聞こえたような気がして、涙が込み上げてきた



「あれ?」



理人の声に反応するように彼の視線の先を辿る

桜吹雪の影から誰かがやってくるのが見える

風が止んで人影がはっきりと分かる



「…なんだ、お前か…」

「……」

『和哉…』

「なんだよ!そのあからさまにガッカリした表情…」



皆の顔を見て、唇を尖らせる和哉に思わず笑みを零す



「今日は良かったのか?」



瞬が和哉にそう聞いた時、怜司がこの場を離れようとしている事に気がついた



『…怜司?』

「悪い…後は、水入らずで…その方が水橋も喜ぶだろ?」

『そんな事ないよ…』



フッと笑うと私に一枚の紙を渡してくれた

右手を上げてこの場を去る彼の後を色鮮やかな蝶がついて行く

爽やかな香りが彼から漂っているんだろうな…



「美花!ライナスが揃ったぞ」

『うん♪』

「何を持っている?」



怜司に渡された一枚の紙を3人が不思議そうに覗き込む



『…あ…』

「…透も、俺たちも笑ってる…」



皆で出たバンドフェスで撮った一枚の写真

誰よりも笑顔の透が、一番輝いている



「…こいつには、笑顔が似合う…」

『うん、そうだね…』



また風が吹き桜の花びらが宙に舞うと、理人が何かに気づき私の唇にそっと指を伸ばしてきた



「桜…ついてた…」



彼が取ってくれた花びらには、私のつけていたグロスがついていた



「美花に透がキスした…」



―――…最後だから…



また透の声が聞こえる

知ってるんだね、透…

私、結婚するの…



―――…うん、幸せになれよ…



透の事も知っていて、それでも私を受け入れてくれたんだ



『幸せになってもいいのかな…』

「…当たり前…」

「アイツもそれを願ってるから…」



―――生きて…俺の分まで、幸せになって…



胸の中に響いてくる透の声に涙が頬を伝う



「美花の中にいる透ごと、愛してくれてるんだろう?」



うん、と頷くと皆の表情が優しくなる








私は私のペースで生きている

透…幸せだよ…私…

透がいなくなって、私の何もかもが止まっていた

私の時間を再び動かしてくれた彼と…

生きていく…








「俺、これ持ってきた」



和哉がお酒を取り出す



「ここで呑む気か?」



相変わらず、ツッコミの早い瞬



「いいんじゃない?」



独特のテンポは今も昔も変わらない理人



―――よし、呑もう!



悪乗りに拍車をかけるのも、歯止めを利かすのも透



『呑んじゃお♪』








今日も空は綺麗です…













-end-

title: 静夜のワルツ様

2011.04.17

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