俺はうまれたときからひとりだったから当然俺がこの国のシステムに掬ってもらえるように俺の生まれをお知らせしてくれる人なんていなくて、だから幽霊も同然にここで息もなく生きていた。現行犯じゃなければ逮捕も出来ないから色々好き勝手なことをしてきたと思う。まあ体がある程度それっぽく大人になって、幽霊じゃ生きづらいこともいろいろ感じてきてはいたから、テキトーにそのつてを頼って戸籍をつくってなぜだか大学生を始めてみた。どうしてかって、それっぽくなるためにはそれっぽい人とふれあうのが一番だったからだ。大学1年生、サークルの飲み会でアルバイトの話になったから俺はひとつ面白い話をしてやった。夜の日本海に死体をぽいぽい捨てていく仕事の話だ。
 「けっこう重いんだぜ死体って」「えー!?ドラマとかでよくあるやつでしょ、死体遺棄?って」「ベルくん18なのになんか人生経験豊富そうだと思ったらそういうことか〜(笑)」「ぼっとんぼっとん音がしてさあ、結構うるせーんだけどなんで気づかないんだろね、ちょっと先には家とかばんばん建ってんのにさ」「ベルくん力持ちなんだねー、意外ー」「で、ほんとは何のバイトしてたのよ」「は?嘘だと思ってんの」「いやいやいや(笑)」

 まあこういう展開は予想通り、別に意外でも何でもないわけだ。俺だってこの仕事が特殊、っていうか人道?に外れてることくらい分かってやってるつもりだしむしろ本気で信じてほしくない。だからそのあとは「けっこうリアルっぽい話だったっしょ?」ってテキトーにおどけてみせておわり。話に信憑性を持たせる必要なんてほんとはこれぽっちもないのにほんとうのはなし、が俺たちは大好きなのはどうしてなんだろね。

 「私があなたに捨てられた死体の一人だったらどう思うの」
 あの飲み会の翌日からひとりの女がずっと後ろをつけてくるようになった。最初はオカルト好きの変人女だと思ってわりと本気でうざがってたけどどうやら本気で遺棄された死体(にみえた生体)だったらしい。俺の金髪とへんな笑い方をよく覚えていて、見つけたら殺してやろうと思っていたみたいだった。
 「だけど実際会ってみたらあなたがどんな人だかとても気になったの。だって一度は私を投げた人でしょう。殺すよりやることがあるような気がしてね」
 まだ信じたわけじゃねえから。目も会わせずに言いながら、ほんとに、どうして人間はほんとかうそかにこうも執着するんだろ、と思う。別に真実なんてわかんなくてもよくて、ていうか、まあ実はわかんないほうが俺にとって好都合ってだけなんだけど。それでもなんだかんだ真実、のほうを信じてみたいし真実を生きてみたい、みたいなきれーな願望がそこにあるわけで、それはきっと希望とか呼んでみたりするともっと輝くのかもしんない。

 中退率90パーセント。
 入ってみてから気がついたけどうちの大学は高卒認定とった奴しか入れない意味不明な大学らしかった。元々普通高校すらまともに卒業できない奴らなんだから大学4年間を突破するなんてびっくりするくらい難しいことらしく、入って1年せずに半分以上が辞めていく。なんとか1年踏ん張った奴はまあほぼ順当に卒業できて、なんでか知らないけど超有名企業にばっか入社していく。1年踏ん張ればすごい未来が待っている、そういう謳い文句で学生を呼び寄せるこの大学はドロップアウトした人間の希望なのかもしんない。
 希望って何なんだろな。
 だって入学したってほとんどの奴は辞めてただの高卒認定取得者に戻るだけだ。入ったら幸せになれるわけじゃない。踏ん張るって言ったってきっと我慢するだけじゃ踏みとどまれないからこういう数字になるんだろ。しかもこんな経歴を経て有名企業になんか入ったって周りの奴となじめる訳ないし3年以内の離職率を上げてるのはきっとうちの卒業生なんじゃねーの。知らないけど。
 「ベルくんは希望だ」と言い始めたこの女もきっと希望を希望と呼ぶことによって幸せになろうとしてる。いたい奴だとは言い切れない自分にも腹が立つけど、この女は俺にいったい何を求めてんだろうね。もう一回捨ててほしいんだろうか。

 「同じサークルだった人、ベルくんと私以外みんな辞めちゃったね」「まあそんなもんだろ、大学にいたっていみねーと思ったら辞めるのが一番手っ取り早いしな」「ベルくんがいなかったら私も辞めてたよ、大学」「は?そんなわけねーじゃん」「どうして?どうしてベルくんが私のことを私より知ってるようなことが言えるの?」「お前が俺よりバカだからだよバカ」「まあ、それはそうかもしれない」「バーカ」

 この前こいつと寝たとき、初めて俺はこいつを捨てたんだとリアルに実感した。手首に俺の爪で引っ掻いた跡があった。コンクリートの上を引きずったときの摩擦の傷が背中にまだら模様のように残っていて、触るとまるでコンクリートの地面をそのまま写し取ったかのような感触がした。どうしようもない郷愁のようなものが俺の頭や体やそのまわりをススと駆け巡ってわずかに音を立てながらしかし俺を強く殴り去っていった。そこでも俺はなんとなく現実味のない頭でこの感触を布一枚隔てたようなところに立って繰り返し撫で続けていた。そんな俺を希望と呼ぶのなら、こいつはまだ俺を真正面から見てねーんだ。真実をみてない。見ろってわけじゃねーけど。

 ほんとうのはなし、を皆が聞きたがり知りたがるのは、世の中が嘘ばかりついているからだ。なんて、そんなわけねーじゃん。ほんとうのはなし、を知るのはたいてい世の中に出てからだって誰かが言ってたよ。世の中から切り離された箱庭で俺たちは嘘をつきあって過ごしてる、それがほんとうのはなし、の対極で、きぼうのはなし、でもなくて、多分、それはただのはなし、だ。はなしの本質はきっと嘘にあるんだ。そう思いたい。

 久しぶりにバイト先に行ってみたらそこにはもう仕事はなかった。死体をぽいぽい捨てていた、くらい海にもう死体は浮かんでいなかった。じゃあこれから死体はどこに捨てられんだろ。俺は考えてみた。山に捨てるんだろうか、燃やしてごみにするんだろうか、砕いてトイレに流すのだろうか、もしかしたらロケットで宇宙に飛ばしてやるのかもしれない、お星様になったんだよってか。バカか。
 死体は浮かんでいないにしろ、その海はまったく変わらずつめたくて、風がつよくて容赦なかった。コンクリートはでこぼこで、そりゃ、ひきずったらあんな跡がつくだろう。俺はあの女の話をだんだんと信じ始めていた。信じたいのかもしれない。やっぱり嘘だけで人は生きていけない。しがみつくものが欲しい。嘘によって生かされている俺でさえたまにそう思ってしまうのはなんでだ。

 結局俺が卒業する頃には300人もいた学部生は28人にまで減っていた。ほんとに中退率90パーセントだった。しかしそのなぜか卒業できるらしい28人は全員見事に就職し、また大学のパンフレットを飾ることになるんだろう。俺はなんで自分が卒業でき、しかも就職まで決めてしまったのか未だによく分からずにいる。ちょっと前まで毎日死体遺棄してた俺が? 隣で女がくすくすと笑う。きっとちゃんと卒業式に来てる俺が珍しいんだろう。

 「別にこなくても良かったのに」「俺もそう思ってんだけどな」「まあ28人しか居ないから欠席すると目立つもんね」「んーまあそういうことじゃねーと思うけど」「分かってるよ」「分かってねーよバカ」「バカです」

 ただのはなし、によって人はだらだらと生き、ほんとうのはなし、によって人は自分が尊い人間だと錯覚するからきっとたまにはほんとうのはなしを聞かせてやるのがいいよ。しがみつく丸太があると穏やかな海でもまるで荒波の中を必死に生きてるみたいな気分になれるんだってさ。バカじゃねえの。しがみつかなくったって生きていける。だけど飽きるんだよ。脳みそがあると20年ですら長い。だからわざと苦しいを錯覚する。悪い話じゃねーよ。つかめるなら掴んどけよ。だけどさ、きっといつか馬鹿らしくなる。自分の演技の臭さに。
 そしたらまたそんときに考えればいいんじゃねーの。転ばぬ先の杖なんて持ってても邪魔じゃね。だからとりあえず俺はこの女のはなしにしがみついてみた。それはたまに、きぼうのはなしとも呼ばれる。きぼうはただともほんとうとも違うけどとりあえず生きていこうって時に使うテキトーな言葉だ。意味はない。でも俺はいまんとこ、テキトーで意味のない言葉が一番しっくりきてるしこれなら生きていけるって感じがしてる。俺はうまれたときからひとりだったから当然俺がこの国のシステムに掬ってもらえるように俺の生まれをお知らせしてくれる人なんていなくて、だから幽霊も同然にここで息もなく生きていたけど、息もなく生きていくことも可能だ。それは絶望ではなく希望だ。
 なんでかって、絶望は意味の持ち腐れだけど、希望は意味の消失だからだよ。バーカ。





2014/06/05
h.niwasaki