今さっき買ってきたルーツアロマブラックの機嫌がどうにも悪かったみたいで私との相性も最悪だったみたいで、今、今まさにひっくりかえってしとしと焦げ茶を塗り広げている。でもこういうことってよくあることでしょ?なんていうかさあ、タイミングが合わない時。そういうとき私はただただ黙ってことの成行きを見つめてる。いちお見ておくの、タイミングをはかるためにね

「うわ、きったなー。お姉さんどういう趣味してるんですかー目ざわりなので早く片付けてくれませんかねー」

眼だけが動く、扉を開けてやってきたのは緑の髪をした少年。視線と台詞とは裏腹に声の高さがかわいらしい、そんなことを思っていると少年はハンカチを取り出した

「弁償しろよー」

彼のタオルハンカチがアロマブラックをみるみる吸っていく。私はなんとなくぼんやりしてられない気配を感じてあわてて立ち上がる。鞄を探すと奇跡的にタオルが入ってる、「ごめん、」と呟きつつ残った焦げ茶を拭き取っていく。知ってる、これはタイミングじゃなくて別のなんかだ。だけどこれもまあアリかなあ

「君、ここの学生?」「まあそんなもんですねー」「ふうん。学部は?」「あなたこそー」「ああ、私は院生だから。文学部って顔してるね」「経済っぽいとは言われますけどー」

それぞれ布をビニール袋に入れながら無駄に会話を引き延ばす。お互い探っているのだ。そしてタイミングをはかってる、ほらやっぱりみんなタイミングで生きてるんじゃないか

「なにしにここへ?」「ちょっと会う人がいるのでー」「私も30分前から待ってるんだけどなかなか来なくてね」

「雲ですか」「まあそうでしょうね」「契約書面にサインしてきました?」「なめないで」「コーヒーのシミつけてないですよね」「たぶんね、でも君たちにとっても私って必要不可欠の存在だと思うけど?」「コーヒーこぼしたままぼんやり座ってるアホに用はありませんー」「拭いてくれる男がいればいいのよ」


ふ、と緑髪が笑って「ハンカチは弁償ですからねー」と言いながらリングを差し出す。全体的に気取った採用方法だことね。そんなんじゃ唇は渇いたままよ、と気取り返せば、嫌でも潤いますよ、血で、と返された。

大学のキャンパス内で落ちあえだなんてわけのわからない指定をしてきたヴァリアーだけれども、たぶんさっきから私が連呼してる「タイミング」ってのが合うかどうかを試してたのかなあと思えばまあ無理やり納得しておくかな


20130430 h.niwasaki