始まったのは10分前で、終わったのは10分後。その間に時間感覚はない。
 さあやるかと扉を開けて、ふと息をする自分に気付いた時には目の前には死体が転がっている。隣には同じく息をする相棒。夏休みの終わりの小学生みたいな顔をして私たちは任務完了を告げる。通話を切って車を待つ数分、私たちは基本的に無言のままその時を何よりも長く感じながらやり過ごす。だから今日も足元に広がるパリパリに乾いた枯葉を鳴らしながら一言も口を開かずにいた。そうしたら珍しくベルがこっちを向いた。目だけでベルを向き直った。どちらとも寒さであまり気分は良くない。
「この前のオフでさ」
「うん」
「レストランで晩飯食ってたらさ」
「彼女と?」
「わりーかよ」
「ふーん、で?」
「隣の席のやつが警察官の幹部クラスだったっぽくて」
「びびったの?」
「んなわけねーだろ」
 ナイフがブーツの踵に刺さる。危な。抜きながら振り返る。
「じゃあ何」
「『人殺しはなんで人を殺すのか』、ってずっと考えてたよ。ばっかじゃね」
 ベルはポケットに手を突っこんだまま肩をぐるぐる回した。私は抜いたナイフを投げ返そうとして、…やめた。
「馬鹿だね。そんな理性的な世界じゃないのに」
「ほんと」
 屋敷を振り返る。いつもより現場をきれいなままにしておけた。それは出血量が少ないということもあるけれど、もっと他に理由があった。私はナイフを見つめた。
「ねえベル」
「…」
「あんたさ、」
「黙れよ」
「気づいたんだね」
「は?何言っちゃってんの。わけわかんねーんだけど」
「だってあんた今日ほとんど人殺してなかった」
 ベルが苛立ってナイフを投げようとしたとき、遠くに迎えの車が見えた。「車」と一言つぶやけば簡単にナイフをしまう。私は車ばかりを見つめてベルから目をそらした。










「任務やってるとき、急に視界が開けた」「相手の表情がくっきり見えてさ」「もうゴキブリには見えなかった」「その感覚が消えなかった」「肉を割く音が生々しかった」「なんかいつもとちげえし」「何やるにも頭で考えちまう」「『俺は何をやってんだ』って」

「『人を殺す』ってことが急に眼の前に現れた」

 炎上するリムジンの前でベルはそう呟いた。私は炎に時々枯葉を撒きながらその話を適当に聞いた。要するにこうだ。ベルは小さいころから当たり前のように人を殺してきた。だからヴァリアーの中でも凡人である私みたいに「殺人」を頭で理解していなかったのだ。「殺すぞ」なんて思わなくったって体が勝手に殺していたし、そうでない状態に陥ったことがない。ヴァリアーの人間は大抵そういう動き方をしているから非情とか化け物とか言われる。だけどその一番の問題は、自分の「勝手に動く部分」を頭で理解してしまったときに起こる。きっとほかの幹部はその状態すらねじ伏せて克服してその地位を確実にしているのだ。
「なんつーか、我に返る?みたいな、動けなくなってお前を見たら、なんかすっげえ顔して相手殴ってんじゃん。お前女捨ててんな」
「悪い?」
「悪いね」
 炎の勢いもだんだんと弱くなり黒こげのリムジンが顔を出した。私はもう一度携帯を取り出すと「運転手が死んだからもう一台送って」と告げる。背を向けたベルの真意は測りかねる、できたらまた元のベルに戻って殺されかけながらも同じ意識を共有したいと思う。
大きな無意識の力からふとした瞬間に抜け落ちる。新しい地点から見えた日常は想像以上に汚くて愕然とする。でもベルのことだからきっともう次の運転手が気に入らなければ平気で殺すだろう。これがヴァリアークオリティなのだ。

20121025 h.niwasaki