※キャラクターの年齢を大幅に変えています。タイトルのとおりになってます。苦手な方はバックでお願いします。




とある国の偏狭にある小さな村。その村から山をふたつ越えたところに「長老」は住んでいる、…という噂がある。なんでも村の生まれではないらしく、その姿を見た村人も僅かで、噂というよりむしろ伝説のような存在になっている。
「長老」は、一般にいわれる長老のように多くの知識を蓄えて静かに暮らしているらしかった。昔、殺し屋をやっていて、人の血のにおいに敏感だとか、双子の弟を殺しただとか、脱獄犯だとか様々な逸話が語られたが、なにしろ伝言ゲーム式に話が膨らむ。男は村人の話をふんふんと行儀よく聞いた、しかし大概のことは信じていなかった。

長老の名前はラジエルとかムニエルとかラスカルとか時々ベルフェゴールだとか言われたが、男はその中の本当を選び取ることくらいはできた。

「いやあ、でも、伝説だからねえ」「あんたは何をしに長老様のところへいくのかね」「昔話をしようと思って」「昔話?」「あはは、馬鹿だねえ。お前、長老様が長老様と呼ばれる理由を分かって喋ってるのかい」「昔話なんてむしろお前が聞かにゃ」「いるのかいないのかも分からない人間に何の昔話をするってんだい」「そうだ、昔話といえば、この村にはひとつそんな話があってねえ」「ああ」「100年に一度、そりゃあすげえ流星群が見られるんだが、その日に生まれた子は金の髪をして、左手で何もかも石にしてしまう力をもつんだと」「右手じゃないんですか」「変なこと言いなさんな。どっちにしろ変わらん」

村人の尽きぬ話に辟易しながら、男はにこにこと黙って彼らの話を聞いていた。そういえば彼の髪はまぶしいくらいのブロンドだった。村人たちは時折そのブロンドをまぶしそうに見上げては「長老様も金髪らしいね」と笑った。暫くしたところで男は一言二言いってその場を離れた。土産に饅頭を持たされた。つくりたてなのか、生き物のように暖かな饅頭だった。きび団子を持って出かける桃太郎の心地がして、男は恥ずかしそうに笑った。


山をふたつ越える間に、饅頭は少しずつ冷えていった。なんとなく生き物たちが死んでいくような気持ちになって、でも食べるのは惜しくてそのまま歩き続けた。男は長老に会って何を話そうか考えていた。今まで何も考えてこなかったけれど、そろそろ真剣に考えなくちゃならない。聞きたいことはたくさんあるのに、話せる話といえば祖父のことくらいだろうか。男はなんとなく感傷的になって昔の会話を思い出しては、今だったら何て言うだろうと考えた。多分昔とほとんど変わらないんじゃないかな。

山をふたつ越えた先にあるのはミルフィオーレの古城だった。歩を進める度に、足元の丈の長い草がさわさわと揺れた。男は古城に入り迷わず六弔花のある人物の部屋をノックした。3秒数えてからまた3秒かかってゆっくりと扉が開いた。「ポーズ」と男は小さく言った。

「…はじめまして」
「はじめまして、ラジエルさん」

ラジエルから差し出された手を握って、暫く握手をしたままお互いにずっと黙っていた。実にゆっくりした時間が流れていた。おじいちゃんと同じだ、と男は思った。この人たちは老成するほど時間をかみしめるように味わう人間なのだ。男は顔を上げた。

「村の人からお饅頭もらったんです、食べましょう」
「そりゃあいい」ラジエルはふん、と少し鼻を鳴らして笑った。犬みたいだと男は思った。

キッチンには紅茶以外の飲み物はなかった。なんとなく彼は昔のことを思い出して、祖父がよく飲んでいた銘柄の紅茶を淹れた。三人分のティーカップが運ばれてきたときも、ラジエルは何も言わなかった。代わりに鼻を鳴らしただけだった。どうやら癖のようだった。男は、ラジエルさんの分、俺の分、母の分と紅茶をついで、「食べましょうか」と言った。「そうだな」とラジエルは言った。

「俺が死んでると思ったか?」ラジエルは紅茶を一口飲んでから言った。
「いえ…。でも祖父は俺が殺したといってました」
「そうだろうな。一回は死んだんだから間違っちゃいない」
「…」
「二回目はな、俺は、死んだポーズをとっただけだったんだよ」

「ポーズ」男は心の中でこの台詞を繰り返した。生きることはやめることができる。ゲームみたいにストップすることができるんだ。「ポーズ」、「ポーズ」、「ポーズ」…。

「石化し始めたときは本当に死ぬかと思った。だけどザンザスは俺を殺すつもりなんてなかったんだろうな。実際、ザンザスは何もしてなかったんだ」
「ザンザス?ヴァリアーの…」
「そうか。お前が生まれるころにはもうこの世にいなかったらしいからなあ。そうかあ。…ザンザスは、お前の爺ちゃんの部隊のドンだ」
ラジエルは僅かに目をしょぼしょぼさせた。それが老齢によるものなのか感情によるものなのか、男には判断しがたかった。
「俺は今死んでるのか生きてるのか分からない。なにしろ一回死ぬとな、『死に癖』みたいなものがつく。俺は何回も向こう側に行ってお前の爺さんに会いかけた。だけど地獄でまた殺されたらたまんねえなと思って頑張って帰ってくるんだ。それの繰り返し」
「ラジエルさんも死んだら地獄へ行くんですか」
「そうみたいだ。笑えるよ。天使の名前をもらったのに」
誰も笑いませんよ。そういって男は彼の空になったカップに紅茶を注いだ。そのときふわりと口が開いた。
「俺は祖父から『ポーズ』の話を聞いたんです」
「『ポーズ』?」
「ゲームのポーズボタンを押すみたいに、生きることは中断できるって。祖父は長い間ポーズの姿勢をとっていました。だけど俺にその話をした後、祖母の敵をとりに行って、…多分、そのとき、死にました」
「そうか」

ラジエルは暫く黙っていた。

「その女の話なら俺はよく知ってる。俺とベルが小さいころに王宮で働いてたダンサーだよ。ベルが城を出てからはどうなったのか知らないが、結婚したという話だけは聞いた。本当によく踊る綺麗な人だった」
そして顔を上げて、「お前はベルそっくりだな。でも不思議と憎くねえ」とにんまりした。

道中、「今週は流星群がこの地域でも観測できるかもしれません」という若いアナウンサーの声をラジオで聞いた。この地域とはどの地域なのか。うまく電波が届かなくて、他の箇所は上手く聞き取れなかった。そんなことを思い出したので、キッチンでカップを片付けていた男はふいに近くのカーテンを開いた。

そこには花火をちりばめたようなまぶしい流星群が広がっていた。上手く瞬きもできなかった。

「止まれ」と男は放った。空を切るような鋭利な声だった。「止まれ」もう一度男は放った。「止まれ」最後は力の限り叫んだ。叫んで叫んで、もう声が出なくなって、もう呆然と男は目の前の景色を見つめた。100年に一度なんて嘘だ。まだ100年経ってない。しばらくぼんやりとしてから、男は意を決してラジエルの部屋へと向かった。扉を開けるとラジエルも流星群を呆然と眺めていた。

「お前が天使に見える」窓から振り返ったラジエルはぼそぼそと言った。「お前がラジエルだったらよかったんだがなあ」
「俺は悪魔です、ラジエルさん」どうか昔話は昔話のままであって欲しい。
「やってみるか?」ラジエルはいたずらっぽく笑った。
男はなにも答えられなかった。

ラジエルは左手を差し出した。さっき握手をした時のように。男は暫く躊躇していたが、流星群がより強い光を放ち始めたとき、思いを決めてその左手を左手で取った。ラジエルの手のひらはとても温かかった。それが段々とつめたくなり硬くなっていくのを生々しく感じていた。ラジエルは笑っていた。

「『ポーズ』」時よ止まってくれ。男は強く強く強く強く強く強く強く強く強く願った。




20120129 h.niwasaki