「きいてベル!私魔女になるよ!」

「あ?マジキチ?それならもうなってんだろ安心しろ」

こめかみ右側面にクリーンヒット。お互いに五分五分の痛手を負ったので暫く痛がって沈黙していた。しかし魔女とは、こいつはガチのマジキチかもしれない。少し経って俺が立ち上がるとすかさず、ピロリーンとバカみたいな電子音が鳴った。振り返るとマジキチは「ひぃっ」と言って縮み上がる。携帯のレンズが無機質にこちらを眺めていた。なら写メなんか撮んな。

「なにやってんだよ刺すぜ」

「左腕のみ可」

「…よーし刺してやろう」

「ヒィィイ消します消します消しますからァァァァア」

スマホの中心をざっくりとナイフが貫いた。流石にこいつも暗殺者、ナイフの機動を器用に読んで避けていた。逃げ腰だけど。

今日一日はこいつとの共同任務だったがただの足手まといでしかなかった。そしてアジトにつくなりこれだ。俺は俺が情けなくなる。こんな奴と共同任務させられる俺が結構情けない。報告書をマジキチに投げて寝よう。もう寝よう。決めた、寝よう。


「まずは身近な物でいいんだって。毎日使ってるマグカップとか…スマホとか。いや、今スマホ壊れたけど」

「は?」

「毎日毎日使ってる物を、目をつぶっても隅々まで思い出せるようにするのが訓練。欠けてるところとか、シミがついてるところとか。本当に触れそうなくらいにまで思い出せるように」

「きーてねーんだけど」

「いろんなものが描けるようになったら、だんだん自分が望むものが見えてくるんだって。ほんとうに見たいものがね」

「…」

こいつが何をいわんとしているのかが分かってしまった。

「不安になったら何でも思い出せばいいよ。物騒だけどナイフとか、牛乳のんでるマグカップとか、雑然とした部屋とか、マーモンのほっぺたとか、ボスの羽飾りとか…怖いけど」

「…おう」

「見たいものが見れるのが魔女なんだって!私ずっとベルのことみてるよ!まだなんにも綺麗に描けないけど、ベルの手術の日までにはなんとか!いや!絶対!だからさあ、そんな情けない顔しないで」





ベットに潜り込み俺は目をゆっくり閉じた。そして様々な物を思い浮かべた。マグカップはまだ手のとどかない場所にあった。
でも、俺は思う。また明日も頑張ればいい。マグカップはいつか牛乳をたっぷり入れて俺の手に収まるだろう。

20120120 h.niwasaki

ぱこさんにおくったやつ
懐かしいねえ