「はっ、カスが」

ボスにそう言われると、俺らは何だか安心する。言っておくが俺らはMじゃない。そういうことじゃなくて、ただ、その言葉がうれしい。今までは褒められるか慰められるかだけだった俺にとって、ボスがどう思っているかは別としても下心がないことだけは分かるのだ。それは俺にとってまるで解毒剤のように体中を巡ってゆく。そして血の足りない気怠い頭の中で、「あ、多分これが『幸せ』ってやつ」と思ったり、する。もう一度言っておくが俺らはMではない。



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ある女は自分は母子家庭の子なのだと言った。王子だった俺は足りないか、と問うた。彼女は十分だと言った。逆に足りないのは俺の方なんじゃないかと思った。薄い水色。ああ、俺は足りなかった。
もう一度足りないか、と問うたら、女は、ほんとうはたりない、と言った。

むしろ女は王子に問うた。足りないか、と、問うた。王子は答える、足りない。もっと欲しい。でも何が欲しいかなんて本当のところ分かっちゃいないのだ。三原色を混ぜた黒。
もう一度足りないか、と女は問うた。俺は、ほんとうはたりているのかもしれない、と言った。


足りているけど足りていない。足りていないけど足りている。さみしい色。もう戻れない色。






殺して殺して、帰ってボスに蔑まれ、時には殴られて。仲間には意味なく殴って怒らせて。血は常に滴る。皿は割れる。人は死ぬ。トイレなんてしばらく電気が点いてない。でも俺は足りてるって言える。
とんだ狂者の戯れ言だと思えばいい。俺は満たされてる。あの女みたいに、きっとほんとうは足りないものだらけ。だけど、“足りている”と言えるレベルで俺は笑っている。