「お前がパラレルワールドを自由に渡れるっつーことが分かってすぐ、妹は人質に取られたじゃん。覚えてない?」

明け方。今夜3つめ任務を終えたベルは、送迎車で必死に諜報活動を続けている私に向かってこう言って笑いかけた。

「お前がおかしくなったのって多分そっからだよな。何で気づかなかったんだろ。まーいいや、つーか何でお前彼氏殺したわけ」
「彼氏よりヴァリアーの方が大切だからじゃない?私もよくわかんないや」

私は今幹部直属の諜報部員となって活動している。煙草も極力控えるようにしている、ヴァリアーはもう「いつか抜ける場所」じゃなく「ずっといる場所」になったからだ。これ以上色んな意味で煙たがられたくはない。

車はものすごい勢いで街を抜けていく。隣でベルが脚を組み替えた。

「…なんか最近仕事増えたような気がすんだけど。どっかのマフィアが調子こいてんの?」
「またパラレルワールドに手出しはじめたファミリーが出てきてるみたい。私みたいな人間がまた生まれたとかね、考えたくもないけど」



次の日、諜報部員から告げられた事実はあまりにも冷酷なものだった。
次のターゲットは全パラレルワールドの彼らしい。今、パラレルワールドを自在に渡れる人間は彼だけだという。いやな予感がしたのはヴァリアー幹部も同様のようだ。私は拳を握る。

その次の日、ふらりとヴァリアー邸にやってきたのは彼だった。ヴァリアーに入れてほしい、恋人を探している、と。
彼の目は誰の顔も判別していなかった。


歴史は繰り返す、という格言めいた言葉がいまさら私の心臓を流れていった。

「今、とても、とても、虚しくて、悲しくて、それでいていい気味だわ」